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第3章 思い出の眠る町で8
どちらからも連絡することはなく、そのまま春休みになった。
坂下の住んでいるマンションは学生専用で、住人の多くは長い春休みには実家に帰っていく。
それに加え、毎年この時期は大学を卒業しマンションから去っていく学生も一定数いて、他の長期の休みより人の姿は少なくなるのだ。
学生たちの気配の消えた建物はしんと静まり返って、帰る予定のない坂下は、久しく感じることのなかった淋しさをふと感じた。
そんな時に想ってしまうのは
「ゆづ?」
と、いつも少し遠慮がちに自分を呼んだ男のことだった。
壁に寄せたベットに横たわり、目を閉じると、鮮やかにその美貌は目蓋の奥に映し出される。
「……キ……」
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