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第3章 思い出の眠る町で9
サラリと落ちた髪に素肌を擽られて。唇の行き先が、我慢出来ずに零れたしずくだと、分かるから、漏れた吐息は色を増す。
沈んでいく頭に手をかけて、指先に髪を絡ませると、男は顔を上げて、嬉しそうに微笑んだ。
どうしようもなく、はやるのは男の性だとしても、こんなにも優しく包んでやりたいと願うのはきっと別の何かのせいだった。
先端に感じた唇の感触に背中が反って、求めるように腰が浮いた。
ベットサイドテーブルの小さな引き出しから、ローションを取り出すと性急な仕草で蓋を開ける。
トロリと掌に溢すと甘ったるい香りがして、初めて二人で使った時の記憶が蘇る。
「だって、ゆづは甘いの好きでしょ?」
だから、買ったんだと言った男は少し得意気で。
「こんなの、何処で買ったんだよ?」
と、聞いた坂下はきっと少し妬いていた。だから嬉しそうに話す男の顔から視線を外した。
「ゆづが、甘いお菓子を食べるたびに思い出してくれたらいいのに。って。オレのこと」
「バカ。そんなの食べなくたって、いつだって……」
そこまで言いかけて、かぁぁと、顔が熱くなって、言いよどむ。
「いつだって?何?」
続きを強請る声に、坂下は、ぐいっと男を引き寄せて言った。
「いつだって……」
ーーお前を想っている
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