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俺はあいつに甘過ぎる!

甘いモノが、好きって訳じゃない。洋菓子も和菓子もどちらかと言えば苦手だった。 有名企業に就職してとか、俺には向いていないと思っただけ。手に職をつけて、自分の店を経営出来たらいいと早い段階で決めていた。 普通でいい、小さくても構わない。最初はそんな気持ちでやってきた。今は天職だと思っているパティシエという俺こと塚本岳(つかもとがく)の仕事。 「la tiedeur」(ラ ティエドゥル)は俺の師匠である、辻田晴樹(つじたはるき)の店。辻田が作るスィーツの味に衝撃を受け「バイトでも、ボランティアでもいいのでここで働きたい」とダメ元で店に押し掛けたのがきっかけだった。 今思えば、なんて馬鹿な事をしたんだって恥ずかしくなる。辻田はその時の事を話しのネタにして、俺をイジり「勘弁して下さい」と困った顔をすると、辻田は楽しそうに笑う。そんな風に接してくれる辻田は、俺にとって親父のような存在でもある。 実際、俺には父親がいない。物心ついた頃にはいなかった。それが淋しいと思った記憶もない。いないのが当たり前だったからだ。 本当、俺の師匠が辻田さんで良かったって思ってる…… 俺の人生で、後にも先にもあんな醜態を晒してから十年経がとうとしていた。 辻田から「「la tiedeur 」二号店をオープンしょうと思っいる。君に店長を任せたい」と俺は二つ返事で引き受けた。 「 la tiedeur petit(ラ ティエドゥルプティ)」がオープンし、あっと言う間に一年が経った。 ショーケース並ぶ、定番ケーキと季節限定のケーキやオリジナルケーキなどリピートも増え、毎日が忙しく楽しい充実した日々。 「いらっしゃいませ。田中様」 「塚本さん、お土産にケーキ買って行こうと思って来たんだけど」 田中様は「la tiedeur」からの常連客だ。フラワーアレンジメントの講師をされてるとか。 ボブカットで清楚な感じが俺好みなんだけど…… 「イチゴの季節ですので、ショートケーキやイチゴのムースもオススメですよ」 「じゃそれ、頂くわ」 「はい、かしこまりました」 「が〜〜く〜〜ちゃ〜〜ん」 この忌々し声は…… 「が〜〜く〜〜ちゃ〜〜んってば〜〜」 「接客中! あっちへ行け!」 客がいるにも関わらず、ショーケースに張り付いて中を見てるチラい若僧を、俺は小声で犬を追っ払うように手を動かした。 「田中様いつもありがとうございます」 「塚本さんが作るケーキ美味しいから、また来るわね」 「はい、またお待ちしております」 笑顔で店を出て行く彼女に、微笑んでお辞儀をした。 「な〜にが塚本さんの作るケーキが美味しいから〜〜だ。岳ちゃん目当てなん見え見えじゃん! あの女! 超ムカつく!」 「何ぶつくさ言ってんだ! っていうか何やってたんだおまえは!」 「ダチんとこしけ込んでた」 悪びれる様子もなく、しれっと言いやがったこいつは、お幼馴染の宮嶋悠馬(みやじまゆうま)の弟、宮嶋和真(みやじまかずま)だ。兄貴の悠真は真面目でデキがいいのに対し、弟の和真はビッチでダメ男なのだ。 「はいはい! ど〜〜うせ女のとこだろう。俺に嘘言わなくてもいい」 「違うって、マジで! 俺、岳ちゃん一筋だっつってんじゃんか!」 ショーケースに頬杖付きニヤニヤ笑う和真の顔を睨んだ。 信じられるか! てーか俺は男だって何回言わせるんだこいつは! 「あのな……何回も言うけどそういう趣味、俺にはないの!」 「岳ちゃんお腹空いた」 「人の話しを聞け!!」 「俺も違うって、俺は岳ちゃんのだけの嫁になんの!」 はぁ……話しにならない。その発言に何が違うって言うんだ! 落ち着け! 俺! こいつは脳まで腐った能天気バカなんだ。 俺は拳を握り締め、悪態をぶち撒けそうなのをぐっと堪えた。 和真は昔から兄の悠真より、何故か俺に懐いていた。 あの時は本当……可愛かったのに…… 今じゃ俺には、理解出来ない得体の知れない生き物と化していた。 「こんなチャラチャラした嫁はいらん!それに……おまえ、家事全般からっきしじゃないか!」 「いってぇ! 痛いって!」 ピアスがジャラジャラ付いている和真の耳を引っ張ってやった。 「それはさぁ〜〜岳ちゃんの方が上手いからいいじゃん」 「俺は! 美味しい嫁の手料理が食いたいの!だからおまえは論外!そもそも男はノミネートもされてねぇ〜〜わ!」 まぁ、和真の顔をは俺好みなのだか……強いて言えばの話しだ。 ちらっと和真の方に目線をやった。和真が今にも泣きそうな顔で俺を睨んでいる。 あちゃ〜〜言い過ぎたか……いやいや! これぐらい言ってやらないとこいつはわからないのだ!そうだ! 俺! 情に流されてはいけない! 「そんな顔しても無理なもんは無理! 用がないなら出てけ! シッシ!」 「……俺だってやれば出来る…んたからな」 「え? おまえ……マジで泣いてんの?」 俯いた和真をショーケース越しに和真の顔を覗き込んだ。今まで見た事ない顔を見てしまった俺は、驚いて目をパチパチさせていると、和真と目が合った。その和真の口元が不敵な笑みに変わる。 や…ばい……!! と思った時には既に遅し。和真の手が俺の顔を掴み、チュッと頬にキスをした。 「こ……の野〜〜郎!」 「顔近付けたのは岳ちゃんだよ! も〜〜大胆! つーかお腹減ったよ岳ちゃん!」 怒り通り越して笑いが込み上げてきた。 「塚本店長〜〜シュークリーム出来上がりましたよ〜〜」 ひょっこり厨房から顔を出した爽やか青年。出来立てのシュークリームが乗ったトレーを持ってこちらへやってくる。 「あっ! じゅんちゃんだ!」 「おっ! 久しぶりだな和真。店長が心……配し……」 岸!余計な事を!! 「あぁ〜〜あぁ〜〜!! 和真! 腹減ってんだろ! これでも食え! ほら!」 じゅんちゃんこと岸純一(きしじゅんいち)が持ってきたシュークリームを掴み、和真の口に突っ込んだ。 「ふぁにっ! んんんっ!」 「なに? 美味しいか! そうだろう! じゃとっとと出てけ!」 「……も〜〜う〜〜そんな照れなくていいのに! 心配してくれてたんだ俺の事」 和真はニヤニヤ笑いながらシュークリームを残りの一口頬張った。 怒りが頂点に達した俺は、岸からまたシュークリームを取って、今度は和真目がけて投げようとした。それに気付いた岸が俺の腕を掴んだ。 「店長! 止めて下さい! 落ち着いて!」 「岸くん! 止めてくれるな! 成敗してやる!」 「お腹減ったから家で待ってるぅ〜〜! ダーリン!」 「おい! 待て! 誰がダーリンだ! クッソ! 離せぇ〜〜!! 岸!!」 満面の笑みを浮かべ、店のドア開けた和真に俺は感情のまま怒鳴り散らした。 「後、頼むわ〜〜じゅんちゃん!」 「和真〜〜!!」 **** 「あっ! おかえり!」 はぁ〜〜やっぱりいやがったか…… ソファーで寝ている和真を見て大きなため息を吐いた。 「腹減って死にそう……」 「待ってないで、なんか食ってくればいいだろ」 「だって、コンビニもファミレスも食い飽きたし、金ね〜〜もん」 「おまえ終わってんな……」 「俺、岳ちゃんが作るめし一番好き!」 「ったく、今店終わるの遅いし簡単なもんしか作れないぞ!」 「うん!岳ちゃんが作ったんならなんでも食う!」 嬉しそうに笑いやがって……はぁ〜〜俺はどうしてこいつに甘いのか……頭にきてんのに追い出せない。 そもそも和真は俺のマンションから学校が近いからって理由で、半分強引に押し掛けてきたくせに何日も帰らない事がある。また気まぐれで帰ってきては俺が怒って……許すんなよな…… 別に詮索するつもりもないが「置いてやってる身なんだから少しは考えろよ」って言ってるのに、当の和真はヘラヘラ笑って「色々、諸事情があるんだよね〜〜」とか言って微塵も直す気がない。 懐いてくれてるのはいいが、ちょっと度が越えているんじゃないか。いや……俺がそれをなんだかんだ言って、許すからいけないんだ! そうだ! 今日こそ言ってやれ! 「ほ…ら……出来た。さっさと食え」 「わぁ〜〜! 俺これ好き! 和風きのこスープスパゲティ! いっただきま〜〜す!」 ……うっ! この顔でその笑顔…… 「旨い! 岳ちゃん! 超〜〜幸せ!」 きゅん じゃ〜〜ね! 俺! あれだ! ここんとろ忙しかったから胸が苦しくなっただけだ! さぁ……ガツンと言えって! 「…おお……そっか旨いか」 「うん! 岳ちゃん、ありがとう! へへ」 はぁ……狡い…… 和真の笑顔と、たまに素直なところが可愛いと思ってしまう。 「岳ちゃん? どうした?」 旨そうに食べる和真を横目に、俺はソファー腰掛けた。 「……なんでもねぇ……も〜〜最低過ぎて言葉も出ない」 「岳ちゃん優しいもん!」 うぅっ! いちいち可愛いんだよ! ムカつく!! 「はぁ……俺も食おう」 「旨いよ!」 「うん、旨いのは知ってる」 って! 何やってんだ! ナチュラルに話ししてんじゃねぇよ! あぁ〜〜!! どうして俺はこいつに甘いのか……本当、甘過ぎるよな俺…… その横で和真が舌を出して、ほくそ笑んでいたのを岳は知る由もないなかった。 ……岳ちゃんってチョロくて大好き!!

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