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君に胸キュン?!
年間行事で最もなくして欲しいと切に願う日それは「バレンタインデー」だ。
パティシエだからではない。昔のある出来事が原因で……
「なんでおまえがいるんだ!」
「ふぇ? なんでって……」
「la tiedeur petit」のユニホームを着て売り場にいる和真を睨んだ。
「毎年、『la tiedeur』でも手伝いしてたじゃん」
こいつ! 宮嶋和真のせいなのだ!
俺が高校ん時、まだ小さい和真が「バレンタインって何?」って聞いてきた。「好きな人にチョコをあげる日だ」って説明したんだが……なにを思ったのか、和真は俺にチョコを持ってきたんだ。まだ小さいから恋愛云々、分からないのかなんて思っていた。
でも一応「バレンタインは女の子が好きな男の子にチョコをあげる日なんだ」って言うと「俺、岳ちゃん好きだから」って満面の笑みで言われ、お兄ちゃん(実兄ではないが)としてはめちゃくちゃ嬉しかった。
それからというものバレンタインデーが近くと、和真は執拗に絡んでくるようになり、女友達と話しをするだけでも嫌がるようになった。
最初は和真の言う事を子供だし、兄心で許していたんだか、それが和真が中学生になっても続いていて、俺に対する執着も徐々にエスカレートしていった。
中学生になった和真はバレンタインデー関係なく、どこで見ているのか誰かと仲よさげになると、なんだかんだ邪魔してくるようにまでになっていて……
そんな和真の行動にうんざりした俺は、それとなく注意をしてみた。高校生になった和真は、思春期のせいか生意気で可愛いげなど微塵もなく、人の言う事を聞くなんて思ってなかった。
なのにだ「今回で最後にするよ」と素直に頷いたもんだから、拍子抜けした俺はチョコレートを受け取ってしまった。
和真から貰った最後のチョコレートは、ビターのトリフと定番のミルクチョコレートのトリフ(メッセージカードにそう書いてあった)だった。
綺麗にラッピングまでして、毎年マメなやつだななんて関心していた。そう……ここまではいいんだ。
いつ頃だったか和真の作るチョコが不味くなり始めて……貰っておいて不味いとは言えい。なんだかんだ言って和真が可愛いし……
で、今回のは更に不味い。なんとか一つづつ食べたが完食出来なかった。その後、食あたりを起こし、苦しんでる俺に和真が様子を見に来てこう言ったんだ。
「効き過ぎたかな」って……
嫌な予感してとりあえずスルーしてみた。したら、弱っている俺に和真が襲いかかってきた。キスされそうになるわ、身体を触られるわ必死で抵抗したのに和真は止めてくれなくて……最後は半泣き状態で止めてくれと訴えた。
「……んっだよ……全然効いてないじゃんか」
「……なにが」
「聞いてくれんの? 岳ちゃん」
しまった!!
「言わなくていい!」
「あんね、岳ちゃんってさぁ実は甘いの苦手でしょう。だから大人な味にしたくて混ぜてたんだ」
「聞きたくないって言ってるだろう!」
「全然反応なしだからさ、媚薬的な入れてたんだけど……効果なかったから今回のやつ倍にしてみたんだよね〜〜」
はぁ?! 媚薬的なってなに?! つーかいつから?
「……いつから……だ……」と聞くと……
和真はすこぶる意地の悪そうな笑顔を浮かべ____
「知ってるでしょう?」
…… ああ、知ってるよ! 分かってたよ!たけど、まさか不味い理由が盛られていたなんたて……
いやいや! 待て待て!俺がそれに気付いたのは五年ぐらい前だぞ?! 和真がまだ小学生じゃないか!
「おまえ、まだ小学生だったよな?」
「ん……小学生ん頃、親父に「おまえが生まれたのは俺とお母さんがSEXしたからだよ。だからちゃんと避妊はしなきゃだめだ」って聞かされてたし、それ飲んでお母さんとイチャイチャしてたからさ……じゃぁ岳ちゃんにも効くのかなって……マカとか赤マムシとか……」
「えらくオープンなんだな……おっおまえんちは……」
「俺んち、国際交流が盛んだからさぁ」
おじさん! まだ子供に向かってなんて事を! しかも 媚薬じゃねぇ! 精力剤……そんなの盛ってなにしたいんだ!
想像しただけでも恐ろしい……目の前で笑うこの小悪魔。
「……味見してなかったのかよ」
「当然でしょう」
「なんで平気なんだ」
「さぁ……免疫でも付いたんじゃない。今回のめちゃくそ不味かったのになんでなんも言ってこないの? 岳ちゃんってドMなの?」
「ちっ違う! 貰っておいて不味いなんて言えないだろう」
「へぇ〜〜それってさ一番酷くね? 不味いって分かってて受け取って、食えなか捨てるんだろ」
うっ!! 答えられない……そうだと言ったら和真を傷つける……
「ひでぇな……俺、今立ち直れないぐらいヘコんでる」
なにんだよ……泣いてんのか?
俺は俯いた和真の顔を覗き込んだ。
「かず……ま____?!」
頬に当たる和真の唇の感触……
ギャァァァァ!!
「なななにすん…すんだ!!」
「宣誓! 俺、宮嶋和真は塚本岳のお嫁になる事を誓いますのキス」
「勝手に誓うな!」
「もう! あんなもんに頼らない! 正々堂々と勝負だ!」
和真はヒジっと俺に人差し指を差して決めポーズをしてみせた。
「ない! 絶対ない!俺にムスコに誓ってあり得ない!」
「……へぇ〜〜じゃぁ俺で岳ちゃんのムスコギンギンのバッキバキにしてやるから!」
ぞわっ!!
えっ?! なんですと?! ギンギン? バッキバキ? ひぇぇ〜〜ホモこえぇ!!
あ……目の前が霞むなんだこれ……
「おい? 岳ちゃん? お〜〜い! 岳!どうした?」
その後、俺は意識をなくし救急車で運ばれた。食あたりに加え、原因不明の高熱を出し三日間苦しんだ。
和真もバレンタインデーも大嫌いだ〜〜!!
とまぁ……こんな出来事があって今に至るのだが……相変わらず和真は懲りずに手作りチョコを持ってくる。
俺はその度、クソめそに言ってやるか和真の存在を無視してやった。
それでも懲りずに「変なもの入ってないから食べてよ」と強引に渡してくる。
信じられるか!
和真は俺に五年間も媚薬という精力剤を盛っていたんたがからな。信じろって言われても無理なもんは無理だ。
去年は……そういや直接持って来なかった。きっと受け取らないって分かってるから、そうしたんだろう。それに「la tiedeur petit」がオープンして間もなかったからかもしれないが。
職場の塚本岳専用ロッカーにラッピングされた手作りチョコとメッセージカードが一緒に置いてあったっけ……うるさいのが絡んで来ないだけいいかと、気持ちだけ受け取って後は、岸にあげたんだっけ……
「例のあれですか?」という顔をした岸に、ため息を吐いて頷いた。「いいやつなんですけど……店長の事になると止められないんでしょうね」と苦笑した。
「あいつは俺に嫌がらせして面白がってるだけだろ」
「そうですか? 俺にはそう見えませんけど……頑張り屋だし」
はぁ?! 和真のどこが!
「型は微妙ですが味は悪くないですよ。店長食べてみたらどうです?」
横目で和真が作ったチョコを見た。昔に比べれば上達した方だ。
不器用なのは変わらないな……
俺は思わず、微笑んでしまったのを咳払いて誤魔化して……結局、見るだけで食べなかった。
チョコを見ると不愉快な気分になる。それだけ俺の中に根強く残っていた。
****
「la tiedeur petit」では、「バレンタインデー」にちなんでチョコレートを使用したケーキがショーケースに並ぶようになる。
去年「バレンタインデー限定商品」を辻田さん監修の元作られた「スパイス」を使用したチョコレートが好評だった。
今年はそれにドライフルーツ・モルトパフ・ナッツなどを加えたチョコレートと生チョコなど「チョコレート」と名の付くものが今、正に生産ピークdaysなのだ。
チョコレートの苦手な俺には過酷というか、地獄の拷問のような日々。このトラウマを生み出した目の前のチャラい男を俺は、忌々しげに睨んだ。
「本当……岳ちゃんは俺の事なんて眼中にないんだね。まぁ、別にいいけどさぁ」
「どういう意味だ?」
「岳くん?」
キッチンから出てきてにっこり笑う、見るからに人の良さそうなおじ様。そう彼が俺の師匠であるパティシエ・チョコラティエ辻田晴樹氏。
「あっ! すみません! 辻田さん」
「いいの〜〜いいの〜〜今回のショコラもいいよ」
実は……チョコが苦手で、俺が食べれるチョコを作ったなんて辻田さんには言えない。
「あっありがとうございます!」
「はるちゃんだ!」
はっはるちゃんだと?! 俺の師匠だぞ! 凄い人なんだぞ!!
「こっこら!」
「いいの〜〜いいの〜〜! 和真くんその節はありがとうね」
「全然!」
こいつは敬語もロクにできんのか!俺の横で能天気に笑う和真を肘で小突いた。
「いってぇなぁ……」
「売り場、アルコールで拭き上げでもしてろ」
「ふぇ〜〜い」
「ふぇ〜〜いじゃない! はいだ!」
辻田さんは売り場のショーケースを拭いている和真に目線をやり微笑んだ。
「相変わらずあの子は岳くんに絡んでいるようだね」
「腐れ縁みたいなもんですから……」
「悪い子じゃないから頼むよ」
「……はい」
辻田さんの頼みを断るなんて出来ない。和真はどうやら辻田さんに気に入られているみたいだ。
あれのどこが気に入る要素があるんだろう。ムカつく要素の方が断然、多い筈なんだが……
「じゃ私は失礼するよ」
「ありがとうございました!」
「バレンタイン限定商品」の最終チェックをわざわざしに来てくれた。
辻田さんは「昔堅気の「見て覚えろ」みたいな教え方好きじゃないんだ。僕はこれで苦労したからね。僕の知識と技術は伝えるよその後は君次第だから」と強引に押しかけたあの時、俺に言ったんだ。
優しいけど厳しい言葉__あれはきっと辻田さんは「厳し世界だから止めとなら今だよ」って言いたかったのかもしれないが、俺は「この人だ!!」って心の中で叫んでた。
今でもイベント事は勿論「la tiedeur」も多忙な中「la tiedeur petit」に顔を出してくれる。時には知識と技術を教わったり、辻田さんの凄さを見ると俺はまだまだだと実感する。
よ〜〜し! チョコに負けてられん!!
「いらっしゃいませ」
「あら! 和真ちゃん! あっバレンタインだものね」
「はい! 薮川様 お久しぶりです」
「la tiedeur」の常連様、薮川様だ。和真は何故か年上のお姉様方に人気らしい。「la tiedeur petit」限定のケーキを買いにきてくれる常連様の名前や顔、ケーキの好みまで和真は覚えていると岸が言っていた。
それにちゃんと敬語使えてるじゃないか! なんで俺の前では適当なんだ。俺以外には愛想いいって事かよ!あ〜〜そうかい!!
「オススメのケーキあるかしら?」
「そうですね、日向夏のダブルチーズケーキはいかがですか。濃厚チーズに日向夏の爽やかな酸味が加わってとても食べやすいですよ」
「日向夏……おいしそうね。それ三つとその隣の日向夏のシフォンケーキも頂くわ」
「ありがとうございます!」
おっ!
きゅん
え……!? まただ……胸の辺りがきゅんて……
和真が営業スマイルをしただけだぞ! ってか、あいつのあんな笑顔を見たの初めてかも……いつもふざけてるか、意地の悪そうな小憎たらしい笑顔しか見た事ない!
これが胸キュンってやつ……いやいや! 違う違う! あり得ない!
じゃ……一体、なにキュンなのか? 兄心キュンとかか……
あはは……自分で言って笑える。
相当、チョコレートにやられてるな俺……
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