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ショコラ刑事参上?!
二月から「la tiedeur petit 」のバレンタイン商品 「Bon Bon ・epice・chocolat(ボンボン・エピス・ショコラ」がついに二週間限定で発売開始した。
去年と同様、好評を頂き常連様や口コミでこられたお客様で大忙しだ。
有難い事に予定数を越え「Bon Bon ・epice・chocolat」の追加と日々のスィーツ作りに俺と岸、去年「la tiedeur」からお手伝いで来てくれたパティシエスタッフ二名で追われていた。体からチョコレートの匂いが取れないぐらい戯れ、意識がふわふわし始めた。その一週間も怒涛のように過ぎていき、バレンタインデーまで数日のところまであっという間だった。
「ああ〜〜岸くんちょっと売り場出てくるわ……」
「は〜〜いって店長……酷い顔ですけど大丈夫ですか?」
「身も心もトロけそう……」
「ショコラ・ショー? フォンダン・オ・ショコラ?」
「やっ止めてくれ……」
岸くん! 後で覚えてなさい!
ペロっと片手で額を撫でると目頭を押さえ、売り場への扉を開けた。
「あぁ……鬼畜……チョコ……」
「岳ちゃん……なに? ひでぇ〜〜顔」
うっ!! そうか……売り場には和真がいんだった。
この時間は来店が比較的少ない。その為
和真に売り場を任せている。ちょっとでもヘマしたら言ってやろうと企んでんのに、なんか出来るんだよなぁ……こいつ……
「……酷い顔で悪かったな」
「そうじゃねぇし……相変わらず…チョコダメなんだ」
「……おまえがゆーな」
「……ごめん」
え?! 今謝った? 和真が?
「常連のお客様が岳ちゃんにってあれ……」
ラッピング作業台の上に小さな紙袋が見えた。
「おまえ……常連様からだったんなら俺を呼べよ!」
「だって……店長呼びますって聞いたらいいって言ったし、忙しそうだったし」
なんだ謝ったのはこれか……
「それに……」
「それになんだ」
俺を見てふくれっ面でもごもご言って和真は、もう一度俺を見てプイっと顔を逸らした。
「俺のは貰ってくんないくせに……」
「はぁ〜〜? なんだ聞こえない」
「食えないのにどうすんの?」
「食うよ……痛ったっ! なっなんだよ! いきなり蹴るこたないだろ!」
「へぇ〜〜食うんだ」
「よ〜〜! 家出少年!」
ドアの前に立つ長身でいいスーツを独自に着崩し、長めの前髪を後ろになでつけた男は、いるだけで存在感があり過ぎる。俺にはうるさいぐらいだ。見透かしたような鋭い瞳は、昔から変わらないが更に増したのは職業柄なのかもしれない。
デキのいい兄、宮嶋悠馬 。
修正しておこう……デキが良かったのは、高校までだ。有名大学に入って何かに目覚めたのか「色恋は人を変えるってゆーだろ」って真面目からの変貌っぷりに、こっちがついていけなかった。
高校ん時からずっと好きな人がいるってのは聞いたような……いや! まて! 俺ら男子で全寮制だったぞ?! もしや……兄弟そろってホモなのか?! ホモ兄弟なのか?!
「なにしに来た? 悠馬」
「なにしにって……俺、客! 客だろうが岳ちゃん」
ショコラ刑事……参上ってやつか。
存在感あり過ぎの悠馬は冗談ではない、正真正銘の刑事だ。悠馬に「またなんで警察官なのか」と聞くと「普通じゃつまらんだろ?」って……そのくせエリートの道を選ばず、ずっと警部のままだ。
悠馬はやっぱりかと、意地の悪そうな笑顔でチラリと見た。和真が舌打ちし、実兄である悠馬を睨んでいた。
この兄弟、水と油並みに仲が悪い。一方的に和真が嫌がっていて、それを面白がってんのが兄貴の悠馬ってとこか……喧嘩するほど仲がいいってな。
「っんだよ……おまえ」
「おまえってお兄ちゃんだろ「かずちゃんが電話に出てくれないの〜〜」ってお母さんが泣いてたぞ」
悠馬のおばさんの真似が可笑しくて、肩を震わせ我慢していたが堪えきれなくなってつい、俺は吹き出してしまった。
「ぷっ! くくくははは……はぁ…はぁ…死ぬ……微塵も似てねぇ」
「うるせぇなぁ……岳もこいつを構い過ぎだぞ」
うっ! それは否めない……
「箱入り息子がいい子にお人形さんやってればいいものを生意気なことやってんじゃないわ! どうせ岳んとこ無理矢理、押しかけたんだろ……おまえの行動パターンんなんざお見通しだっつーの!」
「うるせぇ! 俺は箱入り息子でも人形でもない! 俺だってやれば出来るんだからな!」
「嘘つけ! なんも出来いくせに……」
「嘘じゃない!」
そうだ! 悠馬、和真は仕事以外はなんも出来ないよ……って言いたい!
「あの……」
「あっ! すみません!」
和真が悠馬をもう一度、睨んで客の対応をしにいった。
「相変わらず仲良いな」
「どうみても嫌われてるだろ。ったく母親が俺の携帯が繋がらないからって昨日……職場まで来たんだぜぇ! 昨夜、事件があって気付かなかっただけなのによ〜〜誰かあの天然な母親なんとかしてくれ!」
「大変だな……まぁ…仕方ないんじゃないか、おばさんにとって和真は天使だから」
「……どんな姿でもってか……どう見てもチャラチャラした男にしか見えが……」
客の対応をしてる和真を目を細め、刑事の顔から優しい兄の顔をしている悠馬の顔を久しぶりに見た。
こいつもなんだ言って、和真のこと可愛いんだろうな。
「っておまえここに愚痴りに来たのか?」
「いや、バレンタイン限定ショコラ買いに来た。去年食い損ねたからな。頑張れ! 自分チョコってな」
悠馬は俺より甘党だ。暇があればスィーツ食べ歩きに行っていると言っていた。中でもチョコレートが好物らしい。辻田さんを知るきっかけとなったのは、悠馬から貰ったチョコレートのスィーツだった。悠馬が「これなら岳でも食えるんじゃないか」と貰ったんだ。
後で「la tiedeur 」へ直談判し行った話しを悠馬にしたら驚いていたっけ……
「おまえそれ余計、虚しくないか?」
「うるせぇなぁ……放っとけよ!」
俺はバレンタイン限定ショコラを紙袋に入れ、悠馬に手渡した。
「それともう一つ用があってな。フラワーアレンジメントの講師やってるよく来る女性客がいるだろ?」
「あ……」
田中様の事か?
「あれ、大学ん時の後輩なんだわ。これ渡してくれって頼まれた」
胸ポケットから出して俺に差し出した。それは花柄の封筒だった。
悠馬がお節介とか珍しい……なんとなく察しはつくが……どうせスィーツに目が眩んだんだろ。
差し出された封筒を受け取ろうとして悠馬が止めた。
「一つ聞いておくが、和真とはなんでもないのか?」
「ある訳ない! どうしてそうなるんだ!」
「そうじゃないならいい。あいつに構ってないで自分の幸せでも考えたらどうだ? その気がないならガツンと言ってやらねぇと分からねぇぞ……和真は」
「……あいつに嫌われたくない」
「岳、おまえなぁ……それは恋愛の愛情なのか、兄心からくるもんなのかよ〜〜く考えろ。和真のおまえへの執着は尋常じゃないのは分かってるだろう」
「分かってるよ……」
「いい機会だし、恋人が出来たら和真も諦めるだろう」
そうだといいんだが……恐ろしい事にならないだろうか。
気乗りしないが、悠馬から花柄の封筒を受け取った。
「いい子だから連絡してやって」
悠馬が笑顔で俺の肩を軽く叩いた。
「ひそひそおまえにやってる! 今、岳ちゃんになに渡したの? なぁ〜〜岳ちゃん! なに貰ったの? つーか近い! 岳ちゃんに近付くな!」
接客が終わったのか和真が俺と悠馬の間に入ってきた。悠馬が俺を見て和真を見ると、ニヤリと笑って片眉を上げた。
「Mon petit gaku〜〜(岳ちゃん〜〜)」
「あぁ?!」
俺は悠馬の悪ふざけに文句を言おうと顔を向けたら、逆に顔を掴まれた。
「Mon chéri!(愛しい人!)」
「はぁ〜〜?! おまえなにい……て__」
チュッ!
頬にキス?!
ギャャャャ〜〜!!
悠馬!わざとだろ! わざとしやがったな!この兄弟め!揃って俺をおちょくりやがって!
俺がなにか言う前に和真が悠馬に掴み掛かっていた。
「あぁぁぁっ!! 岳から離れろ!!」
「おっと……じゃぁな! 家出少年! そんな風だからいつまでも子供扱いなんだ」
「 うっせぇ! 待て! 悠馬!」
笑顔で悠馬は俺には手を上げると、掴み掛かろうとする和真を避け店を出て行った。
「Saleté!!(クソ野郎!!)」
あ……めちゃ怒ってる……
怒りの矛先が次、俺にくるんだと思うと一気に疲れた。
それよりも、悠馬の持ってきた話しがバレないようにしなければならない。ややこしくなり兼ねないからだ。
クソ! 面倒な事になった……
こちらを睨む和真に、俺は今日一番の大きなため息を吐いた。
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