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桃瀬と花川
あれから不機嫌極まりない和真は、俺を見てるだけでなにも聞いて来なくなった。俺が見兼ねて声を掛けようとするとプイっと顔を逸らす。
く〜〜! 仕事がやり辛い! ってなんで! 和真が怒るんだ! なんで俺が気を使わなきゃならんのだ!
「はぁ〜〜」
「なんかあったんですか? 和真の下品な雄叫びが聞こえましたけど」
「ショコラ刑事が来てたんだよ」
「え?! 悠馬さん来てたんですか! 俺がお勧めしたかったなぁ〜〜ショコラの話しもしたかったのになぁ〜〜」
上唇を尖がらせて明らさまに拗ねる岸が、悠馬を「ショコラ刑事」と言い出した。なんだか悠馬と甘党ので話しで盛り上がったらしい。悠馬と話しをている岸はキラッキラしていた。
まるで乙女が恋してます的な……いや!これは俺の勝手な思い込みに過ぎないが。仲良いからって、皆ホモだとは限らないのだから……
でも……この岸の目は……
「……あれのどこがいいんだ」
「ん? 全てに決まってるじゃないですか!」
え?! マジですか!!
「おっおぅ……そっそっか……」
「だってカッコイイじゃないですか! イケメンで刑事なんて憧れちゃいます!」
「…っんだそっち……」
確かにイケメンだし、今も昔も変わらずモテる。大学でキャラ変してからは、更によくモテていたが「友人だ」って紹介されるばかりで色恋事を聞いたのはあの一度っきりだ。
高校ん時からずっと好きなやつがいるって……
悠馬だって俺にいらんお節介してないで、自分の幸せ考えてればいいものを……
嗚呼、本当……面倒な事になった。なんで受け取ったんだってなにびびってんだ!? 和真は弟みたいなもんで関係ないじゃないか。
ズギ
ん?! なんで胸が痛くなる?
「店長?」
「あ……いや、なんでもない。それよりあの二人は?」
「向こうでワールド炸裂してましたよ」
「そ……そっか」
「la tiedeur」からパティシエスタッフとしてお手伝いしに来くれている桃ちゃんこと桃瀬響(ももせひびき)と、花ちゃんこと花川惠巳(はなかわめぐみ)。
俺が留学してる間に「la tiedeur」でパティシエのアルバイトスタッフだった。
当時、製菓学科の学生だった二人は辻田さんに懐いたらしい。
桃瀬と花川は互いの依存度が高い。雰囲気も背格好もよく似てるもんだからどちらが桃瀬で、花川なのか分からないぐらいだった。色々と事情があるらしいが……
花川の方は比較的、社交的で最初は警戒していんだが俺のなにがお気に召したのか懐かれた。花川が俺に懐いた事で、必然的に桃瀬も少しずつ会話してくれるようになって……彼らとはかれこれ、九年近く付き合いだ。
桃瀬は褒めると顔を真っ赤にして照れる。感情が高ぶると赤面症と吃音症が出るのを本人は気にしているみたいだが……今は慣れたのかあまり動揺しなくなっている。
俺としては、あの可愛い桃瀬が見れないのは残念だけど……
「桃、それ後どれぐらい?」
「……三十三秒。花、それは?」
「後、十秒……」
やっとるやっとる!
桃瀬と花川は何分何秒で出来上がるか全て把握している。そして流作業で二人は仕上げていく。その正確さと出来の良さは辻田さんも唸っていた。
「桃ちゃん、花ちゃん」
「……なんで…すか? 親方」
おっ親方?! またか……嗚呼……
「その呼び方止めようか」
えっなんで?っていう目で桃瀬が俺を見る。桃瀬と花川は帰国子女で、生まれも育ちおフランスなのだ。日本語はなんら問題ないが、風習や日本特有なものを知らなさ過ぎるのだ。
仕方がないのかも知れんが……流石に酷いな。
「directeur de magasin(店長)でいいだよ」
「……和真が…日本では偉い人を親方と呼ぶと言っていた」
あいつ! 適当な事教えやがったな!
「ぷっ! ふははっ! 」
和真が売り場からいつの間か、キッチンへ入ってきいて腹抱えて笑い出した。
「親方ってマジで本気にしたのかよ。ってか桃のくせにりんごみてぇ顔、真っ赤!」
和真に冷やかされた桃瀬は、耳まで赤くなってる。俺は透かさず笑う和真を叩いだと同時に、花川が和真の足を踏ん付けた。
「いってぇな! チビ花のくせに!」
「……和真! 桃を揶揄うな!」
和真より身長の低い花川が下から睨んでいた。少し色素の薄い茶色い瞳と、白くて華奢な身体つきが女の子に見える。そんな花川に凄まれても可愛いだけなのだ。
和真は桃瀬が気に入ってるのか入らないのか、桃瀬に絡んで変な事吹き込んでいた。素直な桃瀬は、和真を信じていて何回も揶揄われてるのに疑わないのは、和真を気に入ってるからなんだろうけど……当然、花川はそれを気に入らないみたいだが。
「はいはい! 花ちゃん〜〜あの馬鹿放っておいて続きしょうか」
和真を睨む花川の背中を摩って宥めてやると、怒った顔を緩めて上目遣いで俺に頷いた。
嗚呼〜〜! かっかわゆい!
目の前に癒しの花が飛ぶ。自然と笑顔になってしまう花川のこういう仕草。でも、いかんいかん! 花川に「可愛い」と言ってはいけない。俺まで足を踏まれ兼ねない。
でも……可愛いのは仕方がない!
「桃ちゃんもな! 親方でもいいから」
「……ほほん…とうに?」
桃瀬「親方」がそんなに気に入ってるんかい!
「Aucun problème.(問題ないよ)」
桃瀬の顔が極僅かだか表情が緩んだ。俺は桃瀬と花川の背中を摩って宥めまくった。
「ほぉ〜〜この〜〜エロジジ!」
ぐっ!! 俺の癒しの邪魔を!!
俺の背後で邪悪なオーラを放つ和真が見えた。
「おまえ……まだいたのか?」
なんだか気不味い俺は、桃瀬と花川の背中から手を離した。
和真いるの忘れてつい……この二人の可愛いさに出来心というか……いや!なんでいい訳してんだ!俺っ!
「じゃっじゃ……桃ちゃんと花ちゃんこれ終わったら、明日の仕込み始めるから」
桃瀬と花川が頷き、再び作業を始めた。その場から立ち去ろうとした俺の背中に、鈍い衝撃を受けた。その背中に激痛が走り、俺は唸り声を上げた。
「痛ったっ! かっ和…真! 本…気で殴るこたぁないだろ!」
「フンっ! 岳のクソっ馬鹿!」
「くっクソ馬鹿とはなんだ!」
「はいはい、店長〜〜痴話喧嘩なら家でやって下さ〜〜い!」
「はぁ?! ちっ痴話喧嘩って おい! 岸! あっ! 和真! まだ話し終わってないぞ!」
俺を無視して和真は、売り場へ出る扉を開け出ていった。
なんなんだよ! あいつは!
「あ……いってぇなもう!」
「欲しいと思ったものは、力尽くで手に入れようとしそうなのに……ここまでくると呆れるてっゆーか尊敬する。店長、愛されてますね!」
「はぁ?! 誰に?」
ここからガラス越しに売り場が見える。売り場に立って笑顔で接客する和真に岸が目線を向けた。
「なっなに言ってるんだ! 岸までおかしな事言うのか?」
「おかしな事じゃないですよ。和真の事ちゃんと見てあげてます? これは愛の鉄剣ですね」
和真に殴られた背中を岸が軽く叩いた。俺は短く悲鳴を上げ、岸を睨むとニヤニヤ笑った。
「さぁ! 明日はバレンタイン当日です! 店長、頑張りましょう!」
「おっお……」
俺はもう一度、ガラス越しに見える和真に目をやる。悠馬に「恋愛の愛情と兄心からくる愛情と履き違えるな」って言われたのを思い出した。
分かってるよ……いや、俺は狡いんだ……
あいつは宮嶋家の天使なんだ。俺はそれをよく知ってる。和真が俺から自然と離れていってくれればいい。
だから俺から言わせないでくれ……
「 俺は……おまえに嫌われたくないんだ」
「店長?」
「あ……うん、岸今いく」
ガラス越しの和真から目を離し、俺は岸と最後のショコラ作りに取り掛かった。
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