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決戦のバレンタイン
ついにバレンタイン当日がやってきた。バレンタイン限定ショコラが最終日とあって、午前中は大忙しだった。昼間、少し空いた時間に悠馬から渡された件に連絡をした。留守電にメッセージを入れ通話を切る。
はぁ……こういうのいつになっても慣れない。和真はビッチだから慣れてんのかもしれが……いや、待て! 何故にそこで和真が出てくるんだ。
「あっ! 岳ちゃんここにいた!」
「ひぁっ! なんだよ和真!」
不意に声を掛けられ変な声が出てしまった。慌てる俺の様子を和真がジロジロ見てくる。
「あ……注文の件で店に電話掛かってきてんの。岸が今手が離せないらしいし、俺じゃ分かんねぇから出てくんない?」
「分かった」
さっきの聞かれてなかったよな?
不機嫌なのはずっとだし最近、用事があるって家にも帰ってこない。
「……なに?」
「いや、なんでもない」
和真から子機を受け取り電話の対応した。和真は電話対応をする様子をじっと見ていた。
ん……岳のやつなんか隠してんな……
和真は売り場へ戻りもう一度、岳を見てから小さくため息を吐いた。ショーケースにアルコールを吹き掛けた。
「あの…お話しがあるのでご連絡頂けませんか?」
誰なんだ? 電話の相手……
また、ショーケースにアルコールを吹き掛け、和真は気になる事柄を散らすようにダスターで擦った。
****
「バレンタイン限定ショコラ大幅売り達成!! お疲れっした〜〜!乾〜〜杯!」
「「乾杯!!」」
岸の変なテンションで乾杯をすると、皆シャンパングラスを合わせた。
「うん! 旨いなこのシャンパン!」
「それ、和真のチョイスっすよ」
「知り合いに詳しい奴がいて聞いた」
和真…おまえの交流関係は未知数だな……
売れ残った僅かなケーキと限定チョコラを反省会を兼ねて食べていた。
「ほら、桃、花、あ〜ん」
岸がまたまた変なテンションで、桃瀬と花川の口を開かせホイホイとショコラを一つづつ放り込んだ。
「「ん〜〜!!」」
「店長、桃と花が美味しいって」
「それはよかった」
楽しい反省会と来年度に向けて話し合い解散した。
俺は「仕事があるから」と言って店に残った。和真も用事があると言って早々に帰ってしまったし。
毎晩、何の用だ……
ラッピング作業台にノートパソコンを広げ、睨めっこしていると、携帯の振動に気付き応答をタップする。
「もしもし? あ……田中さん…はい! えっ! そうなんですか…えっと……すぐ出ます!」
通話を切って店を出た。近くの公園で待ってるって電話だった。
こんな遅くにマズイだろ!
公園の街灯の下に人影が見えた。
「田中……さん!」
清楚なボフカットの似合う彼女はやっぱり可愛いと思う。
「ごめんなさい。お忙しいのに……」
「…あの……その……俺……」
「分かってます。これ、受け取って下さい」
田中が差し出した紙袋は、有名店のバレンタイン限定ショコラだった。勉強がてらに食べたスィーツが俺好みだったのを覚えている。
「……でも」
「ここ……私の伯父の店なんです」
「え?!」
「悠馬さんがきっと岳さんも気に入ると思うって言ってたんで……」
あの野郎! さてはバレンタイン限定ショコラに目が眩んだな……
「はい、じゃ……ありがとうございます」
「いえ! あの……いいんです! 全然、深い意味とかないので……悠馬さんが勝手に……」
「あいつが勝手に?」
「……はい……」
嗚呼……なるほど……
なんだが田中が話し辛そうにしていた。大体の予想はつくが……
悠馬の鈍いやつめ!!
「なんだか変な事に巻き込んでしまって……すみません」
「いえ、気を付けて」
「またお店行きますね。塚本さんありがとうございました」
田中を駅まで送り、店に帰る道中、悠馬に言うべきなのかを考えていた。
俺は考え事をしながら、店の裏口へ向かう。その途中、何かを打つけられ降り返った。
「そうゆーことかよ……」
和…真……
「俺のチョコは受け取れないのに! 女からのは受け取れるって事かよ!」
「和真! 違う! 聞けって!」
「……俺が受け取れられないならちゃんと言えよ! 迷惑だって拒否ってくれればいいのにどうして気を持たせるような隙を見せるんだ!」
言ったらダメだ……
「迷惑…だってずっと言ってるじゃないか!」
和真の傷付いた顔が見れない。俺は……おまえの兄じゃダメなのか?
「……分かったよ……悪かったな迷惑掛けて」
和真は夜道を走って行った。あんな顔させるつもりじゃなかったのに……
「……終わったな。おまえの兄貴にはなれなかったか」
投げ付けられた袋はヘコんでクシャクシャになっていた。中身は多分、和真が作ったチョコラだ。俺はクシャクシャになった紙袋を拾い上げ座った。濃紺の夜空に浮かぶ細い三日月を眺め、大きなため息を吐く。
「……これでいいんだ」
だって……俺にどうしろっていうんだ……
****
翌朝、開店前になっても和真は店に来ない。念のため和真の携帯へ掛けてみたが、コールが聞こえるばかりで繋がる様子がなかった。
「店長、和真また例の家出ですか?」
「……そうかもな」
だといいんだけど……
「さぁ! 今日から俺と二人だよ岸くん! 頑張らなきゃ!」
「そうですね!」
二人で開店準備をし、岸が「Open」の札をドアにぶら下げた。
従業員兼事務所で机にノートパソコンを広げ、事務仕事をしている体を装っていた。
「店長! 店長! 」
「ふぇ?!」
「ふぇ? じゃないですよ。明日の注文どうしますか? って今日ダメダメですね」
あ……チョコの匂いもない……和真もいない。快適過ぎて余計、気が抜ける……
「いや、そんなことないぞ! 岸くん!」
一重の目を見開き、顰めっ面でドヤ顔をしてみせた。
「そんな一重を二重にする顔芸とかいらないですから」
「一瞬だけ二重になって男前になるやつ」
「はいはい! じゃ…注文FAXしときますね」
「なんだよ〜〜岸くんつれないな……」
「店長……ウザい!」
「ぐっっ! ですよね……はぁ……」
俺が構ってちゃんになってどうする!
「お疲れ様でした!」
「お疲れ〜〜」
岸が店を出た後、俺は季節限定のケーキや焼き菓子の試作品を作っていた。
「ああ、もうこんな時間か……」
こうやってる時間がなにも考えなくていい……
「ん……そろそろ帰るか」
店の裏口を出て施錠確認する。
「よし、寒っ……」
和真がいなくなってたった一日なのに長いけど早い……いつも突然いなくなってたそん時、俺どんな風だった? 心配はしてたけど…こんなだったか?
「あ〜〜さっぶ! 帰ろ」
それから二週間経っても和真は、店にも俺の家にも帰って来なかった。
一週間帰らないはよくあった。二週間以上は今までない。
ただでさえうちは、狭い1DKの部屋なのに男二人で住むってあり得ないだろうって……それに人を泊めるような布団もないって言ったら勝手にベッドで寝てるし、入ってくるし迷惑極まりなかった。
そう、和真がいなくなって一週間……頗る快適で安眠!ソファでグータラ! 超が付く程、充実したプライベートを送っていた。
なのに……未だ……
「……今日、和真の好きなスープ和風スパ! あ……いないんだった。まっいっか」
と言って作り過ぎてしまうとか、家に帰って無意識にやつの姿探してたり……こんなに布団って冷たかったのかとか……
こんなに……この部屋、広かったか……?
俺はこんなに……こんなに? これって寂しいって事? 今まで感じなかったのに……
「……岸くん俺、なんか動物でも飼おうかな」
「え?! 店長ってそんな人でした?」
「それどういう意味だ?」
「似合わないっていうか……店長が犬連れて散歩してる姿とか想像つかないっていうか……」
一体、岸の中で俺はどんなキャラなんだ?!
「まぁ…おっしゃる通り違いますけど……うちに誰がいる気配を感じたいなとか思ってな」
「なかなかの拗らせ重症ですね」
「なんだそれ」
「和真いなくなって寂しんじゃないですか?」
「それはない!」
「え〜〜またまた強がっちゃって」
「強がってない! 快適過ぎてヤバいぐらいだ!」
閉店後、従業員兼事務所で昨日作った試作品のケーキを二人で食べていた。
「紅はっさくはケーキより焼き菓子の方がいいかな」
「ん……タルトとかも合いそうですけど……中のカスタードに果汁を入れてさっぱり食べれそうじゃないです?」
「そうだな……タルトは女子に人気だしな」
紅はっさくのケーキを頬張り、岸が幸せそうに頷いた。
本当、こいつは旨そうに食うよな……
「これ! 美味しいですよ! 果肉がジューシーだし」
「これは決定って事で後は、また試作品を作ってみるよ。辻田さんにも試食してもらいたいし」
机の上に置いてあるクシャクシャの紙袋を岸が見ていた。
あ……忘れてた……
「そういえば和真って大学生だっけ?」
驚いた顔をした岸がフォークを落としそうになった。
「マジで言ってます?」
「ああ……マジだけど?」
「付き合ってるのに?」
「はぁ?!」
「え?!」
「だから……なんでそうなるだ! 根本的なとこ飛んでるじゃないか」
「そんなの気にしてるんですか?」
「気にするもなにもおかしいだろ……」
「関係ないですよ!」
「岸くん……?」
岸が大きなため息を吐いて持っていたフォークを俺に向かって突き出した。
「和真はそうじゃないです。どうしたら店長と一緒にいられるかってずっと考えてましたよ。……あれ、和真からちでしょう?」
「そうだけど……なんで?」
「食べてみて下さい」
「え〜〜」
「いいから食べてみて下さいって!」
「あ……分かった分かったから」
気迫負けした俺は、和真がくれた(正確には投げ付けられた)クシャクシャの紙袋からヘコんだ箱を取り出し開けた。
今までのと全然……違う……それに……
「一番始めに作ったチョコラは伯父さんに教えてもらいながら作ったって言ってた。それを美味しいって喜んでくれたんだって……もう一度、美味しいって喜んで欲しいって」
和真がそんな事……
ビターチョコのトリフとミルクチョコのトリフ。
確かに一番始めに貰ったチョコもそうトリフだったような……
トラウマの恐怖が蘇る……岸がじっとこちらを睨んてる。仕方なくビターチョコを摘んで口の中に放り込んだ。
あれ……この味?
「分かりましたか? その味がどこのか?」
「でも俺はなにも聞いてないぞ!」
「和真が口止めしてるからでしょう。俺にも黙っててっ言われてたんですけど……これじゃいつになるか分からない」
岸が携帯を取り出し、画面をタップすると耳に当てた。
「もしもし? 和真?」
俺からだと出ないくせに!
「ちょ…! 岸! 貸せよ! 貸せって!」
岸から携帯を奪おうとしたが躱され、どこにいるのか聞いていた。通話を切った岸が俺を見ると頷いた。
「和真はそこにいるって……聞きたい事があるなら直接聞けばいい」
「和真は俺に会いたくないんじゃないのか?」
「違う! その逆です! あ〜〜もう! つべこべ言わず早く!」
岸がドアを指差す。動かない俺の打てを掴み引っ張った。
「だからなんでって」
「気になってんでしょう? 和真の事」
そりゃ……そうだけど……
「確かめてみたらいい。踏み出すか踏み出さないかそん時、考えたらいいじゃないですか!!」
「いや……」
「まだなんかあるんですか!」
「……なんでも…ないで…す」
自分の事のように必死な岸に根負けした俺は、和真がいるであろう場所へ向かう。
「……岸くん後、よろしく頼むよ」
「了〜解しました」
夜道を早足で歩く後ろ姿を見ながら岸は、小さくため息を吐いて微笑んだ。
「和真、怒るかな……約束破ってごめん。でもこうでもしないとずっとこのままじゃんか」
岸に追い立てられ、よく分からないまま 「la tiedeur」 俺の師匠である辻田春樹の店に来ていた。岸がここだとは言ってなかったが、和真が作ったチョコの味が辻田氏が作るショコラに似ていたからだ。
来たのはいいが和真はいますか? って聞くのか? 一体、なにを見ろっていうんだ。確かになんで和真が辻田さんのところにいるのかは気になるけど……
店の裏口側の道を通ると偶然、和真が出てきた。近くの咄嗟にブロック塀に身を隠し、裏口近くまで近付いた。
「はるちゃん今日何食べたい? 俺、晩飯何か作ってるよ」
和真が料理だと?! あいつ今、辻田さんのとこにいるって事か? もしかして……二人は付き合ってるのか? なんだこの胸が冷たくなる感じ……
おまえは俺が好きなんじゃないのか?
曖昧にしてきたのは俺なのに……俺以外に懐くなんて……俺以外の家にいるなんて……
嫌だ……俺は……嫌なのか?
動揺した俺はなにかに足を打つけでしまい、派手な音を立てしまった。
ヤバい!
「……? 誰かいるの?」
和真がこっちへ来る……どうしよう……
焦って倒したものを起こし、逃げようと振り向いたところで和真と目が合ってしまった。
あわわわ……
「……和真」
俺の顔を見て和真が走り出した。
「和真くん? あれ? 岳くんどうしたの?」
辻田さんが俺を見て、視線を上にやり巡らせるとにっこり笑った。
「ん……和真のチョコラ食べたんだね?」
「へぇ?!」
驚いた俺は、情けない声が出て口元を押さえた。
「あの子はずっと待ってたよ。あなたがここへ来るの……去年は本当落ち込んでねもうダメだって言ってたんだけど……」
そんな事辻田さんに話してたのかあいつは……
「いざとなったら逃げ出すなんてあの子はまだ子供ですね。和真が最初にチョコラを作ったの私と一緒に作ったんですよ」
「えっ!? じゃ「伯父さん」っていうのは辻田さんの事?
「はい」
えぇぇぇぇ……!!
「岳くんがうちに来た時、和真が言ったのかと思ってました。知らなかったんですか?」
「はい、初耳です」
「そうですか……岳くんあの子をよろしく頼みます」
「はっはい!」
俺だけが和真の事情を知らなかったって事か。一番近くにいた俺が知らないとか、なにが兄代わりなんだ。それさえなれてないじゃないか俺は……
和真を追いかけで走り出した。俺は和真の行きそうな所を探し回ったが見付からない。たまたま入った児童公園を歩いていると、ベンチに和真らしき人物を発見した。
「和真!」
ベンチに座っていた人物は立ち上がり、また逃げようとする。
やっぱり和真か!
俺はその腕を掴んで引き止めた。
「なんで逃げるんだ!」
「……だってどうせ岸になに言われたんだろ!」
「チョコラ食べたよ。お前がここに呼んじゃないのか?」
「岸に無理矢理食わされたに決まってる!」
「そうだけど! 食べたのは俺の意思だ!」
「……おせぇよ……もう今度こそダメかと思った」
「俺になか言う事あるだろ?」
「……ごめん…なさい。勝手にいなくなってごめんなさい! 俺、岳ちゃんと一緒に店やりたかった。だから学校行ってパティシエになろうと思って……」
「なんでおまえはなにも言わないんだ!」
「言ったらサプライズ感ないじゃん! 喜んで欲しかったから……」
和真が可愛過ぎて俺は思わず抱き締めた。
「……嫁合格だ」
「えっ? なに?」
「だから嫁合格だって言ったんだ! おまえが俺以外に懐いてるのは嫌だと思った。これが好きという気持ちならそうかもしれない。それでもいいのか?」
「……うん、それでもいい」
「泣くなよ……」
「泣いて…ねぇよ……」
「岳……キスしていい?」
「……ここでか?」
「誰も見てないよ」
俺が和真の顎を持ち上げキスしようとするとその手を払われた。
「待って! 俺からしたい!」
「なんのこだわりだよ!」
「いいから屈めってキス出来ない」
「……こうか…っん! こら! いきなり! っっん!」
ディープかよょょょ……! わ〜あ! わ〜あ! 俺……和真とチューしてる……
思ったより抵抗ない自分に驚いた。
うっ! ちょ……上手過ぎやしないか? 足の力が……
フラつく俺の腰に腕を回し和真が支えた。
「……岳ちゃんもうへばったの? トロけるの早過ぎ……続きは家帰ってから」
続きって? えっ? いや! 気持ちが追いついてない!
「待て! おまえは嫁だろ?」
「それはそれ! これはこれ! 10年以上我慢したんだからもう待てない!」
「いや! 待て! 待て! 待ってくれ! 俺がその……あの……そっち方面…嫁だったりするのか?」
「あったりまえだろ!」
仁王立ちの和真がニヤリと笑い、右手の人差し指と中指を立て上下に動かした。想像絶する卑猥な手付きにドン引く俺。
止めて! 可愛い和真が……
ってか、えぇぇぇぇ……!!
「嫁はおまえだろが! 嫁はそんな事しない!」
「観念しろって優しくするからさぁ」
「そういう問題じゃない!」
俺の貞操が! 嫌だ! 嫌〜〜!!
その後、俺は恐怖で和真から逃げ回る事になるのだった……
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