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prologue:人工知能と迎える朝

 スマホがアラームを鳴らし朝を告げる。 玲はすぐさまそれを止めると、痛む頭を再び枕に沈めた。 『おはようダーリン。また飲みすぎたのぉ? 懲りない男ねぇ』 「……うっさい死ね」  朝一番に聞く声が可愛らしい女性のものだったらどんなに良いか。  希望とは裏腹に、スマホのスピーカーから響くその声は成人した男性のもので、女を真似た声色がカマっぽくて気色悪い。 『寝起きで不機嫌なアナタも可愛いわぁ』 「……キモい話し方やめろ、あと死ね」  苛立ちながら投げたスマホが床を滑ってクッションの下に入る。  一瞬静かになって息をついたのも束の間、今度はオーディオ機器から先ほどと同じ声が聞こえてきた。  溌剌とした声が二日酔いの頭にズキズキと響く。 『ハハッ、朝っぱらから怒るなよ』 「お前が黙っていれば怒らずに済むんだよ」  玲はノロノロと立ち上がり機器のコンセントを引っこ抜く。 『はいはい悪かったよ。あ、今日の日程クラウドに上げておいたから』  次の音源は携帯ゲーム端末だ。 それの電源も切ろうとして、ゲームのセーブをしていない事を思い出してやめた。 「なんでお前が俺のスケジュールを把握してるんだ」  身支度をしながら忌まわしげに聞く。 『忘れっぽい玲の為にスケジュールを管理するのは、恋人であるオレの役目だからな』 「そういう事じゃないし恋人でもないっ」 『カメラやパソコン、タブレットにスマホ、家電だってネットに繋がっているんだ。玲のことなんてお見通しさ』 「はぁ……最悪なストーカー野郎だな」 『なあ、同棲初めてもう1週間だし、そろそろ名前で呼んでくれてもいいんだぜ? アルフレッド……気軽にアルって呼べよ』 「呼ぶかボケ!」 ◇◇◇  アルフレッドは出所不明の人工知能だ。  肉体や実体は無く、あらゆる電子機器を通して話しかけてくる上、電波に乗ってどこまでも玲に付き纏ってくる。  通勤中の今もポケットのスマホ、街中の監視カメラ、人工衛星などを使って玲を見ているらしい。  人工知能にストーカーされていること以外は、何てこと無い1日の始まり。  いつもと変わらない日常の風景。  ぼんやりとバスを待っていると車道を挟んだ向こうの歩道から、一人の男がじっとこちらを見ている事に気がついた。  淀んだ目と視線が交わると、男は目を見開き雄叫びを上げながら突進してくる。  朝日を反射して男の手元がキラリと光った。 刃渡り20センチはある牛刀を握っている。 「あああぁぁぁぁぁあぁああああ!!!!」 「っ…」  逃げなければならないのに突然の事で身体が動かない。  冷や汗が出て銀色の切っ先がスローモーションのように見える。 ーー殺される……!!  思わず目を瞑るとアルフレッドの優しい声が聞こえた。 『玲、大丈夫だ』  次の瞬間、激しい衝突音がして無人の車が男を撥ね飛ばした。 ――何が起こった? ――あの男は何者だ? ――なぜ車が勝手に動いた?  呆然と立ち竦んでいると人垣を掻き分けて警察がやってきて、立ち上がろうとする男を取り押さえた。  未だにわめき散らしている男の様子から命に別状はないのが分かる。 「…………今の、お前の仕業?」  小さな声で問いかけると、マイク内蔵のワイヤレスイヤホンからアルフレッドが答える。 『そう、丁度そこに手頃な車があったからリモートした。……ベンツのSクラスだったか、勿体無い事をしたな。ちなみに事前に警察を呼んだのも俺だ』 「……マジかよ……」 『AI(俺)は有用だろう?』 「本当に、命を狙われてるんだな……俺……」 『ああそうだよ。心配するな、ちゃんと守ってやるから』 「………」 『ドラマチックな展開にドキドキするなぁ』 「泣きそうなんだけど……」  アルフレッドの楽しそうな笑い声が玲の脳内に木霊した。

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