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01:ストーカーはあなたの後ろ
◇◇◇
またパレードの夢だ。
軽快な音楽に合わせて行進する者達と、それを観賞する者達。
群衆の顔には黒い靄がかかり表情は見えないが、挙動から皆楽しげに笑っているのが分かる。
でも、なぜだろう。
こんなにも悲しいのは。
玲は通りの真ん中で棒立ちになり、パレードの波に呑まれていった。
◇◇◇
「新代(にいしろ)さん、大丈夫ですか?」
昼の休憩時間、会社のデスクに突っ伏して寝ていた玲を後輩の松田が起こした。
「ん…ぅ……何が………?」
思ったよりも不機嫌そうな声が出てしまい、誤魔化すように咳払いをする。
気にした素振りも見せず松田は答えた。
「何が………って、うなされてましたよ? 顔に書類の跡ついてるし、眉間にはシワが残ってるし、イケメンが台無しですね。そんな顔で午後の営業行くんですか? ヤバイっすよ」
玲は松田の、遠慮は無いが裏表も無いその性格を好ましく思っていた。
カラカラと笑う松田を見ていると、ざわついた心が凪いでいく。
「そんなに酷い顔してる?」
「そりゃもう。恋人でも引くレベル」
「なんで直ぐソッチ系に話を持ってくわけ? ……彼女なんてしばらく居ねぇよ」
「え? 取っ替え引っ替えの入れ食い新代サマが!?」
「おい、それドコ情報だよ。変な噂流してたらぶっ飛ばすぞ」
「ひぇーこわっ。じゃあ今度合コンしましょうよ! 新代さんが参加してくれれば、総務の菜々子ちゃんでも受付の綾香ちゃんでも喜んで来てくれますよ」
「あー……合コンか、たまにはいいかもな」
「よっしゃ! 合コンは男側女側、それぞれのチームワークが大事ですからね。それ無くしては全体の達成感や満足感なんて作れません、仕事と一緒なんです。だから今夜は飲みながら作戦会議しましょう!」
約束ですからね、と言いたいことだけ言い放った松田が退席すると、丁度業務開始のチャイムが鳴った。
もっともらしい事を言いながら、ちゃっかり先輩に夕食をたかる松田は、本当にイイ性格をしていると思う。
今夜は可愛い後輩を何処に連れて行ってやろう。抜かりのない松田の事だから、合コンの下見がてら、店の目星をつけているかもしれないな。
そんなことを考えながらパソコンに向かうと、一件のメールを受信した。
『こんにちは。俺はアルフレッド。今、人工衛星から日本を見ている。今は晴れているが夜は天気が崩れるかもしれない。早めに帰った方がいいぞ』
――なんだこれ?
迷惑メールにしてはおかしな文章、怪しいサイトへのリンクも無く、送り主のアドレスは文字化けしている。
普段こういったものは直ぐに消してしまう玲だが、画面からなかなか目を離す事ができない。
「イコマ……?」
差出人欄には“アルフレッド・イコマ”と書かれている。
イコマ、という名前に既視感があった。
しかしそれが誰かと問われると記憶が曖昧で答えることができない。
幼い頃に世話になった人だったかもしれないし、昔の友人、過去の恋人だったかもしれない。
顔も性別も思い出せない程度なのだから大した関係性ではないのかもしれないが、忘れてしまったその存在に思いを馳せると、胸に穴が開いたような虚しさに襲われる。
「きもちわり………」
その虚しさを振り払うようにメール画面を閉じた。
◇◇◇
玲は営業先に向かうために地下鉄のホームで電車を待ちながら、電工掲示板の流れる文字をぼんやりと見ていた。
『まもなく電車が参ります。契約取れるといいな、見守ってるよ。アルフレッド・イコマ』
「……ん?」
瞬きをしてもう一度見ると、なんてことはない見慣れた文章が流れている。
まだ自分は寝惚けているのかもしれないと思い、ミントタブレットを口に放り込む。
やって来た電車に乗り込んで窓ガラスに写る自身を見ながら、軽く身嗜みを整えた。
顔についた書類の跡は消えただろうか?
『ドアが閉まります。大丈夫、今日も変わらず格好いいぜ。気を付けて行ってらっしゃい』
聞き慣れたアナウンスの声が聞いたこともない言葉を話しビクリとする。
他の乗客は「今の何?」「JR、また変なことしてるな」と、運営側の悪ふざけだと捉えクスクスと笑っている。
――俺に話し掛けたのかと思った。
しかしそんなハズはない、公共機関を使ってまで一市民である玲に話し掛ける意味もメリットも無いからだ。
まだ寝ぼけているのかもしれない、しっかりしなくては。
その後、無事に契約を取り、次の訪問先に向かう前に休憩しようと自販機の前で足を止めた。
小銭を入れるといつものように自動音声が流れ始める。
『お疲れ様。契約取れてよかったな! 夜にはこんなジュースじゃなくてウマイ酒が飲める。もう一踏ん張り、頑張れよっ!』
「…………なんだ、今の?」
搭載されたカメラで性別や年齢を認識し個々に合わせて喋る自販機は珍しくはないが、今の台詞は聞いたことがない。
人でも入っているんじゃないかと思いペタペタと機体を触るが、なんて事は無い普通の自販機だ。
「誰か見てるのか?」
機体上部のカメラに向けて小さく手を振ってみる。
『(^o^)ノシ』
モニターに顔文字が表示され、玲は最近の自販機って凄いな、と思うのだった。
◇◇◇
「ぷはあぁっ! もうっ何なんですか新代さん! 午後だけで2件も契約取ってきて、あそこの社長、堅物で有名なのに、担当だったバ課長が新代さんに丸投げした途端これだもんっ。新代さんスペック高過ぎてムカつく~~! あ、すみません、生もう一杯」
早々にジョッキを空にして管を巻く松田に、玲は笑いながら答える。
「おいおい、上司の事を“バ課長”はないだろ」
「ハッ、あんなプライドばっかり高くて役に立たないバカ上司、バ課長で充分ですよぉ。てか、どうやってあの堅物社長を口説き落としたんですか?」
「あの社長、ああ見えて若い頃はバンド組んでギター弾いてたって噂を聞いてな、その話題振ったら盛り上がって……てか、堅物って言っても話の分かる人だったから、課長がよっぽど無能なんだろ」
「新代さんも言いますねぇ~」
「ハハハ、内緒だからな?」
仕事の話に始まり、お勧めのレジャースポット、合コンの打ち合わせ。
酔いが回るにつれて会話はどんどんと低劣になっていく。
「あーあ、ずるいっすよ、顔も良くて仕事もできて……新代さんが影で何て言われてるか知ってますか? “社内抱かれたい男No.2”ですよ」
「No.2かよ。しかも社員数100人ちょいしかない会社で言われても嬉しくないし」
「はぁぁ、先輩がカッコ良すぎてムカつく。禿げればいいのに」
「なになに? お前も抱いてほしいの?」
「え~ソッチの気は無いっすよ~。いや、でも……んー……強いて言えば抱きたい方っすねぇ、強いて言えば」
「ちょ、マジレスすんなよ、キモイな。俺の半分でも契約取ってから出直してこい」
「うーっす」
玲は松田の目がだいぶ据わってきている事に気が付き、最後にもう一杯だけ飲んで帰ろうとメニューを手にする。
その時スマホがメッセージを受信した。
『こんばんは。アルフレッドだ。今、店内カメラから玲を見ている。ビール1杯、赤ワイン2杯、ジントニックに大雪渓。最後にテキーラを頼むのはよした方がいいんじゃないか?』
酒で温まった身体が急速に冷えていく。
冷や汗をかきながら店内を見回すが、怪しい人間は見当たらない。
文章には玲の名前が入っており、今日飲んだ酒も、今から注文するつもりだった酒も言い当てられている。
アルフレッドと名乗る者がパターンを繰り返すだけの悪戯なシステムではなく、知性を持つ個人だということを物語っていた。
「松田、悪いが急用だ。あと頼む」
「えー? 明日休みなのにもう帰るんすかー?」
金をテーブルに叩き付け、もつれる足で外に飛び出した。
ストーカー?
誰が何のために?
あの店の店員か、それとも客か?
既に会社を特定されている?
今日も1日つけられていたのか?
昼のメール、電車、自販機もそいつの仕業?
スマホにメッセージを送ってくるということは、俺の知っている人間?
何処かで情報が漏れたのか?
動揺で足並みは次第に早くなる。
“ピコン”
スマホがメッセージを受信した。恐る恐る画面を見る。
『やあ、アルフレッドだ。通りのカメラから玲を見ている。酔った足で走るのは危ないんじゃないか? 気を付けて帰れよ』
視線を上げると赤信号だった。
このメッセージが届かなかったら、それに気付かず事故にあっていたかもしれない。
しかしホッとできるはずもなく、身体が震える。呼吸が荒くなる。恐怖で回りを見ることもできない。
信号が青に代わった途端、玲はたまらず走り出した。
――なんなんだよ
――誰なんだよ
――着いてくるんじゃねーよっ
昼のメールの通り小雨が降ってきた。雨足はどんどん強くなる。
ずぶ濡れになる前にマンションにたどり着き、エレベーターのボタンを連打して乗り込む。廊下を走って自分の部屋に飛び込み、鍵とチェーンをかけてカーテンも締めた。
はぁはぁと息を吐き、冷蔵庫のミネラルウォーターを一気に飲み干した。
そうだ、落ち着かなくては、警察に相談、証拠集め……。
調べるためにスマホを開くと、またメッセージが入っている。
『アルフレッドだ。今、玲の後ろにいる。楽しみにしていた番組を録画しておいたから見るといい』
すると後ろのテレビが勝手につき、予約し忘れたはずの番組を流し始めた。
テレビが勝手に付いたということは、ストーカーが部屋のどこかに潜伏しているのだろうか? しかしリモコンはすぐそこにある。
玲は震える足で後退りをして、混乱しながら鞄の中のパソコンを開く。
「ストーカー……対策……で、検索」
呟きながらパソコンが立ち上がるのを待っている最中に、またスマホにメッセージが入った。
『俺はアルフレッド。今、玲の目の前にいる』
「ひっ……!」
玲は小さく悲鳴をあげ、思わずスマホを床に落とした。
目の前のパソコンが起動し、シンプルなデスクトップ画面が表示された。
「ス、ストー、カー……対策……で、検……さく……」
強張る手で操作すると。
ニュッ、というコミカルな効果音と共に、国民的人気アニメに登場する、青い丸顔ロボットの顔が画面いっぱいに表れた。
「わあっ!!」
驚く玲をよそに、キャラクターはポテポテと画面内を歩き、全身が写るまで後退すると口を開いた。
『はじめまして。俺はアルフレッド・イコマ。よろしく!』
発せられたのは女性声優の特徴的な声ではなく、よく通る成人男性の、癖の無いイイ声だった。
そのミスマッチさに目眩を感じながら、玲は意識を手放した。
これは夢だ。飲み過ぎて幻覚を見ているんだ。
きっと、そうだ……。
これが、人工知能アルフレッド・イコマとの出会いだった。
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