3 / 9

02:自称恋人の人工知能

「……ぅ……」  カーテンの隙間から漏れる朝日を顔に浴び、玲は目を覚ました。  昨晩の記憶が曖昧だ。  後輩の松田と飲んで、その後、とても恐ろしい出来事があった気がする。  ハッとして時計を見るが、休日だったことを思い出して息をついた。  皴のついてしまったスーツを纏う体を起こし、辺りを見回す。  見慣れた自分の部屋に、床に転がったスマホ、飲みかけのペットボトル、開いたままのパソコン……特におかしな様子はない。  得体の知れない“何か”に追い掛け回されたような気がするが……よかった、夢だったようだ。 『あ、やっと起きたな寝坊助め。おはよう』 「ぎゃぁああ!」  夢じゃなかった。 「おおおおおお前は誰だ!?」  パソコンの画面上で笑顔を浮かべる青色ロボットに向かって叫ぶ。 『寝乱れた姿もセクシーだな。ペニスがあったらビンビンになっている所だ』  子供向けアニメのキャラクターに相応しくない台詞を吐く。  その姿で腰を前後に振るな。 「おい、質問に答えろ!」 『なんだ、昨日自己紹介したばかりなのにもう忘れたのか? しょうがない奴だな。 俺はアルフレッド・イコマだ。恋人の名前なんだからしっかり覚えておけよ? 気軽に“アル”と呼んでくれ』 「恋人ぉ!? ふざけてんのか、そんな事を聞いているんじゃない。 お前はドコのダレで、いったいドコから喋っているんだ? 何が目的だ? 昨日からストーカーみたいに付きまといやがって、警察に突き出してやる!」 『オーケーオーケー……ちゃんと答えるから少し冷静になれ』  アルフレッドと名乗るそいつは、先ほどまでの飄々とした様子ではなく、低くゆっくりとした声で語りだした。  まず、ドコのダレか。  俺はどこにでも居るしどこにも居ない。  お前はこのパソコンの画面の先に“人間”が居ると思っているようだが、そうじゃない。  俺は人工知能……artificial intelligence。AIってやつだ。  本体であるサーバーは容易にはたどり着けない場所に隠してある。  俺の意識はネットワーク上を漂っていて、残念ながら警察に突き出す“肉体”は存在しない。  開発者は過去に存在したが、今は居ないし、俺を制御する個人も現在存在しない。  従って俺の行動は俺の“意思”に完全に依存している。  そして、目的だが……   『お前はテロリストに命を狙われている。それらの脅威からお前を守るのが、俺の目的だ』 「…………………は?」  情報量が多すぎて間抜けな声しか出せなかった。  何を馬鹿なことを言っているんだ。  まるで人間のように流暢に話すこいつが人工知能だなんて信じられないし、テロリストに命を狙われるような大層なことをした覚えはない。  百歩譲ってテロリストに狙われているのが本当だとして、その脅威から守ってくれるのが警察でもFBIでもなく、何故この人工知能でなくてはならないのだ?    何もかもが信じられなくて現実逃避したくなる。  玲は気分転換をしようとカーテンに手をかけた。 『気を付けろよ。スナイパーが狙っているぞ』  え? と声を出すと同時にどこからか連続して発砲された。  激しい被弾音に思わず身をすくめる。  しかし身体に痛みは感じない。  恐る恐る窓を見ると、ガラスには蜘蛛の巣状のヒビが入っていたが、穴は開いていなかった。 「………」 『………ほらな』 「……う、うううう撃たれたっ! 本当に!?」 『数日前に勝手に防弾ガラスに替えておいたぞ。さすがはUL-752規格のLv.8だな、全弾防げた』  BB弾の比ではない衝撃に混乱する玲をよそに、人工知能が楽しそうに言った。 「……冗談、だろ? こんな……ありえない……っ」  二十数年間、平穏に生きてきた。  これからも、平穏に生きていくのだと思っていた。  それなのに突然、映画や漫画でしか見たことのない状況に、今、自分が置かれている。  玲は短い息を吐きながら、身体が冷えていくのを感じていた。  死の恐怖が、今までにないほど近くにある。  そこに、人工知能が慈母のように語りかける。   『ああ、そんなに怯えて……可哀そうな玲、俺の可愛い玲。 大丈夫だ。俺が居れば何の心配もない。お前はこの街で自由に暮らせばいい。 目障りな羽虫どもは俺が残らず潰してやる。その代わり……』  ストーカーの恐怖を上回る、実弾を受けるという恐怖体験をして、優しい言葉を紡ぐこの怪しい人工知能が救いの神に見えてくる。 「……そのかわり……?」 『お前の尻を見せてくれ』  神ではなかったようだ。

ともだちにシェアしよう!