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03:充実のサポート
その後、玲は最寄りの交番に走った。
人の良さそうな中年の警察官は、とても親身になって耳を傾けてくれた。
そして、テロリストに狙われた証拠であるヒビの入った窓ガラスを見てもらうために、自宅に招いた。
が、残念ながらほんの数十分の間に、ガラスは新品に交換されていたのだ。
一人暮らしの男の部屋は適度に散らかっているが、テロリストに襲われた形跡はどこにも無い。
「本当なんです! 本当にテロリストに撃たれたんです! おい、クソストーカー出てこい。また勝手に部屋の中をいじりやがって! …………返事しろよ、無視するな!
ねぇ、お巡りさん、信じてください。ストーカーとテロリストに狙われているんです。助けてください……」
警察官は憐れむような笑顔を向けて、縋りつく玲の肩に手を置いて言った。
「いい病院、紹介するよ」
◇◇◇
アルフレッドと名乗るアンドロイドと出会って1週間。
最初はアルフレッドに対して恐怖しか感じなかった。
しかし慣れとは恐ろしいもので、下品な言動には苛立つものの敵意が無いことが分かると、嫌悪はするが容認できるようになっていた。
それに無碍にはできない理由もある。
たった1週間の間にテロリストの脅威から救われたのが、一回や二回ではなかったからだ。
スナイパーに狙われた翌日、迫りくる暴走車のタイヤを、アルフレッドが操縦する小型軍事ドローンが打ち抜いたおかげで助かった。
職場近くに設置された爆発物は、防犯カメラをハッキングしたアルフレッドが直ぐに発見し、爆発前に撤去された。
帰り道に『この青信号は見送れ』と言われ不審に思いながらも立ち止まると、目と鼻の先に鉄骨が落下してきたこともあった。
そして今朝はバス停で、雄叫びと共に刃物を持った男に襲われたところだ。
全くもって笑えない。
さらに笑えないのが、それらの事件がテレビやネットなどで一切騒がれていないという事実だ。
アルフレッドは『適当に処理しておくから任せておけ。お前の手を煩わせたりはしないよ』とあっけらかんと言い、そしてその通り、玲に事情聴取の類は一切なかった。
アルフレッドの後ろで大きな組織・権力が動いているように感じたが、一市民である玲が騒いだところで、前述のように狂人の戯言としか受け取られないだろう。
「変な人工知能は鬱陶しいけど、居てくれないとテロリストに殺されかねないし……仕方がないから我慢するか。死にさえしなければ、いつかテロリストの正体も目的も分かるかもしれないしな。お前、テロリストの事が分かったら俺にも教えろよ、いいな」
『ようやく公認の同棲がスタートだな、やったぜ!』
「同棲じゃないから、お前、居候だから」
玲は不安と呆れから、大きなため息をついた。
◇◇◇
「はぁ~~~~」
ため息の理由はもう一つある。
「新代さん、随分悩ましげなため息ですね」
職場の後輩の松田が心配そう……と言うよりは興味深そうに玲の顔を覗き込んでくる。
そしてニヤニヤと笑いながら小声で言った。
「もしかして、欲求不満ですか?」
昼休み中で人が疎らだとはいえ、職場で話す話題ではない。
「はぁ? 何言って…………」
松田を嗜めようとして、やめた。
実はその通りなのだ。
アルフレッドはあらゆる電子機器を通じて玲を見守っている。
その代償としてプライバシーが全く守られていないのだ。
“オナニーするから出ていけ”と言ったとして、本当に見ていないとは言い切れない。
そんな状況でとても自慰なんてできなかった。
「ちょっ、そこは否定してくださいよー。
………チンコの乾く暇が無いと言われている新代さんが……ブフフッ欲求不満だなんて……ウケる」
「……その噂流してるヤツ、ぜってー俺のこと嫌いだわ……」
玲は頭を乱暴に掻きながら舌打ちをした。
◇◇◇
『欲求不満なのか?』
帰り道、アルフレッドがイヤホンから単刀直入に聞いてきた。
「もうちょっと言い方ってものがあるだろう」
『今の俺には肉体がないからな、生理現象に気が付かなくて悪かった。まあ俺に任せておけ』
「おい、任せるって何をっ……」
それっきり、何を問いかけてもアルフレッドからの返事はなかった。
「なんなんだよ」
◇◇◇
家についても、アルフレッドは何も答えなかった。
「……アイツ、どこか出かけているのか?」
玲が独り言を言うと、呼び鈴が鳴った。
「はーい、……?」
アルフレッドに監視される生活に慣れてしまったせいか、ドアスコープを覗くこともせず無防備に扉を開けた。
そこには若く美しい女性が立っていた。
腰のくびれを強調した短いワンピースに露出した太もも……なんとも煽情的だ。
「こんばんは」
「……だれ?」
「あれ、部屋間違えちゃったかな? 性感ずっきゅん★キューピッドのアイですっ」
「……ん?」
「レイって名前で予約入れてくれたよね? かっこいい人でアガる~」
呼んだ覚えのないデリヘル嬢が自宅に来て、玲は混乱する。
――“俺に任せておけ”とはこのことだったのか、あのクソAIがっ。
その怒りをおくびにも出さず、脳をフル回転させて次の一手を考える。
目の前のアイちゃん……やや垂れ目のセクシーな顔立ちに張りのある胸、キュッと上がった尻に引き締まった長い脚、服装や髪型のセンス……どれをとっても悪くない。はっきり言ってタイプだ。
“呼んでいない”と言って帰すにはあまりにも勿体ないし、こんな可愛い子に恥をかかせるのは男が廃る。
――据え膳喰わぬは漢の恥!
「……待ってたよ。さ、上がって」
決断までのその間、二秒。
「おじゃましまーす。あ、店に電話するからちょっと待っててね」
明るい室内で見ても隙の無い可愛さだ。
これは大アタリ。
「お金、前払いだよね、いくら?」
「え? カードで支払い済みになってるよ?」
――ここまでお膳立てしてくれるとは、あのAI、なかなかやるな。
「レイくん、シャワー、一緒に浴びる?」
「ああ………その前に、一回抱きしめていい?」
「うふふ、どぉーぞ」
慣れた手つきで細い肩を抱き寄せる。
自分より小さく柔らかい肉体を腕の中に抱き込んで、ゆっくりと息を吸う。
シャンプーや香水の香りも好きだが、それらと混じる生身の人間の匂いがとても好きだ。
生きていて、感情があって、行動する、自分とは別の生き物だというのに、体を重ねてくれる。
それが実感できる“匂い”を嗅ぐと、何とも言えない多幸感に包まれる。
が、何かがおかしい。
何の匂いもしない。
汗、肌、皮脂、化粧品、服の繊維、柔軟剤……匂いの発生源はいくらでもありそうなのに、一切の匂いを感じない。
不思議に思いながらもその体を弄る。
「……ぁ…ん……ねぇ、レイくん……」
「んー?」
猫のように縋りつく彼女に、甘い声で答えてやる。
「……お、お願いっ……」
「……なに?」
「ぉ……お尻を……」
「何? 触って欲しいの……?」
「ぅうん……違うの……」
「お尻を……見せてほしいのっ……」
玲は思わず彼女の肩を掴んで思い切り引きはがした。
心臓がバクバクと脈打っている。
アイ、と名乗った彼女は目を瞬かせて首を傾げている。
毛穴の一つ一つ、髪の毛の一本一本まで、どこからどう見ても人間だ。
今すぐ抱きたくなるほど魅力的な女性だ。
しかし、玲の第六感が警鐘を鳴らしている。
玲は相手の肩を掴んだまま、低く絞り出すような声で言った。
「……お前、クソAIだろ」
「…………ちっ、バレたか」
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