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第57話 エピローグ:ホワイトさんの激甘な微笑み

 本社内の支社長室。といっても、広いフロアをパーテーションで区切っているだけ、という、「室」というのも烏滸がましい、シンプルなスペースでしかない。それでも、観葉植物とか、書棚があるせいか、少しはそれっぽい雰囲気にはなっている。  自分の机に座りながら、書類を見ているが、まったく内容が頭に入ってきていない。頭の中は、昨夜のセイの淫らな姿が何度も浮かんでしまうせいだ。本当に、なんで、あんなに可愛いんだろう。 「ルーカス、気持ち悪い」  そう言って顔を顰めているのは、ノートパッドを手に入って来た妹のロザリー。ブルネットのショートボブに、シルバーのフレームの眼鏡をかけた彼女は、まさに出来る女風だ。これで二児の母だから、我が妹ながら恐れ入る。最近は私が本社にいるせいか、彼女の方が頻繁に店舗を見て回っているようだった。 「何か用?」  内心、妄想の時間を邪魔されて舌打ちしたいところだったが、彼女を怒らすと後が面倒なのでやめておく。 「アイリーン叔母様から連絡があって、ライラがこっちに来るらしいのよ」 「ライラが?」  思わず、眉間に皺がよる。叔母といっても、正確には父の従妹であり……私の初恋の人だ。私がまだ十才にもならない頃の、淡い初恋だが。その彼女の娘のライラは、確か、十八になったくらいだったか。 「春からこっちの大学に留学するらしいわ。まぁ、目的はルーカスだろうけど」 「まさか」  鼻で笑って資料に目を向ける。セイのいる大学そばのカフェの実績が、少しずつ上向いている数値を見て、思わず笑みが浮かぶ。 「……その様子だと、うまくいってるみたいね」 「何が」  資料から目を離さずに返事をする。 「今の恋人とよ。来る者拒まず、去る者追わずのルーカスが、執着してる子がいるって聞いてたんで、びっくりよ。それも、一緒に暮らしてるっていうじゃない」 「……なんで知ってるんだ」  じろりと目を向けると、彼女の眼鏡の奥の青みがかった黒い瞳がキラリと光った。そして、クイッと口角を上げると、嬉しそうに私を見下ろす。 「そりゃ、ホワイト家の跡取りですもの。みんな気にしてるに決まってるじゃない。それも、今度の相手は……男の子でしょ?」 「……まさか、ライラは」  ホワイト家と言っても、私たちの一族は本家からすれば末端の一族。それでも、この年になっても、長男である私に嫁をとれとでもいうのだろうか。 「さぁ、それはどうかな。彼女は、子供の頃からルーカスを自分の王子様って思ってたからね」  面倒な子供がくるな、という思いしか浮かばない。書類を机の上に置いて、大きくため息をつく。 「まぁ、私はルーカスの味方だけどね」  嬉しそうな声でそう言うロザリー。 「だって、彼、すごく可愛いじゃない。もう、ルーカス見る目が、ハートになってて」 「おい、いつ、セイイチロウを見たんだ」  思わず立ち上がって、睨みつける。しかし、慣れたものでロザリーはクスクスと笑う。 「ルーカスがねじ込んできた書類見たら、そりゃ、誰だって怪しいと思うわよ。当然、私だってね。だから、この前、見に行ったのよ。まったく、ルーカスもルーカスよ。あんなデレた顔、見たことなかったわ」  妹に自分の弱みを握られた気分になり、思わず、顔を顰めてしまう。しかし、先々、セイを自分の手元に置いておくためにも、ロザリーは貴重な味方になるだろう。 「大丈夫よ。ルーカスから彼を取り上げたりなんかしないから……そのためにも、一度、私にも紹介してね」 「……わかった」  言質を取ったというのだろう。嬉しそうな顔をしながらロザリーは支社長室から出て行った。再び、大きくため息をつくと、私はデスクに置いてある携帯を取り上げる。待ち受け画面は、セイの寝顔。小さく口を開けたままの、幼い寝顔に、自然と顔がほころぶ。この幸せそうな寝顔を、泣かせるのは私だけ。他の者には、指一本触れさせない。  画面に映るセイに軽くキスをすると、笑みを浮かべたまま画面のセイを見つめ続けた。 <終>

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