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第56話 八杯目(5)
大学が始まった。
流石に、同じ学年に知り合いはいない。元々、サークルにも入っていなかったから後輩に知り合いもいないし、年度の後半からっていうのもあって、改めて友人を作る気にもならず、俺はとにかく残りの単位をとることだけを考えた。すでに三年までで、ある程度の単位は取ってはいたものの、四年には四年での必修の講義も、少なからず残っているのだ。
それでも、三年までのようにギチギチに講義をとる必要はないから、そこそこバイトに行く時間もとれたりする。そのせいもあってか、いつの間にかに、店長に頼られる立ち位置にまでなってしまってる。それは、俺とルーカスさんとの距離感のせいもあるかもしれない。
おかげで、閉店作業とか店長から任されるようになってて、最近は家に帰る時間まで遅くなってしまってるのだ。ショッピングモールの店みたいに、店を出なきゃいけない時間が決まってるわけじゃないから、あんまり慌てないでいいかもしれないけど、それはそれで、のんびりやってるわけにもいかない。だって、そうしないと。
「まだ、終わらないのかい?」
カフェの出入り口はすでに閉まってる。だから、この声は、従業員用の出入り口から入って来たルーカスさんの声。俺の遅いシフトの時は、いつも店に寄って、俺の様子を見にくるようになった。ルーカスさんだって、忙しいはずなのに。
「す、すみません。あと、ちょっとで終わるんで」
カウンターの中で、つり銭を専用の袋に入れると、金庫のあるカウンターの裏にある事務所のほうへと向かう。その俺のあとをついてくるルーカスさん。すでに店内の灯りはカウンター周辺だけにしてたから、まるでスポットライトみたいにルーカスさんを照らし出してる。
くっ、疲れてるはずなのに、なんで、こんなに爽やかイケメンなんだろう。でも、今日はちょっとだけ、機嫌が悪そうな?
「……田沢、今度、シメるか」
なんか、ボソッとルーカスさんが言ってる気がしたけど、金庫につり銭を押し込んでた俺には、よく聞こえなかった。
事務所内の小さなロッカーから自分のバッグを取り出して振り向くと、そこにはルーカスさんが立っていた。
「すみません、お待たせして」
「いや、いいよ……でも、セイ」
あ、マズイ。
「あんまり田沢に無理言われるようなら、ちゃんと俺に言わなきゃダメだよ」
大きな手が俺の顎を掴む。見下ろす青い瞳に魅入られて、俺は目を見開くだけで動けない。
「そうじゃなきゃ、俺がセイ不足で干からびちゃうだろ」
重なる唇に、俺は握ってたバッグを落としてしまう。気が付けば腰に回された腕が、キツく抱きしめてきて、逃げられない。何度も何度も、啄むような口づけから、徐々に荒々しいものに変わっていく。もう、誰もいない店に、俺たちの荒い息遣いが響く。互いに昂ぶったモノを感じて腰をすり合わせる。だけど、ここでは、マズイよ。唇が離れた瞬間、俺はルーカスさんの胸を押すと、上目遣いでルーカスさんを見上げる。
「ここじゃ、ちょっと……」
一瞬、目を見開くと片手で目を覆うルーカスさん。大きくため息をついて「反則だろ」と小さく呟く。
「……わかった。早く、俺たちのスイートホームに帰ろう」
俺の蟀谷に軽くキスすると、まるで女の子相手のようなエスコートさながら、俺の背中を軽く押した。
何度も何度も、そうやって甘やかされて、俺の心もハチミツみたいにとろとろにされてる。激アマなルーカスさんの笑顔に、俺のほうが「反則だろ」って言いたくなった。
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