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virgin suicide :運命の出逢い

 幸せは、どうして長く続かないんだろう? だって幸せを感じるのって、ほんの一瞬だから。幸せの種類も、たくさんあって。    例えば忙しい仕事をやり終えた後の、一口目の生ビールという味わいの幸せ。    そして現在、迷子のおばあちゃんを無事に家へ送り届けて、ご家族の方々にお辞儀をされながら、お礼を言われている。    まさに今も幸せだったりするよなぁと、しみじみ思いながら微笑んだ。 (こういう積み重ねで、どんな仕事でも頑張れるんだよなぁ)    交番に戻る道すがら、そんなことを考えながら、勤務している交番に戻っていた。    小学生の時の夢を叶え、警察官になって交番勤務一年目の新人、水野 政隆(みずの まさたか)。毎日楽しく、お仕事に励んでおります。    たまたま出くわした空き巣を捕まえたり、酔っ払いのお父さんを介抱したり、今みたいに道案内したり、いろんな人との出会いに日々、感謝している。 「そうだ、さっきのおばあちゃん、また迷子になったら困るから住所と名前、メモしておかないと」    たどり着けたのは迷子札を首から、きちんとぶら下げていたからだった。 「メモメモ~」 「そこのポリ公! 走ってるそいつを、絶対にひっ捕まえろっ!!」    ブツブツ言いながら道の端っこに佇む俺に、後方からやって来た誰かが大声で叫んだ。    切羽詰まった感じの、低めのハスキーボイス――    その声に驚き、顔を上げて後方を窺うと、見るからにガラの悪そうな男が必死に、こちらに向かって走って来て。その後ろに同じく、ガラの悪そうな男たち数名が、男を追いかけるべく、息を切らして走っていた。    捕まえろって言ってるんだから、仰せの通りにしてやろうじゃないか。  ガラの悪そうな男の前に飛び出し、両手を広げて迷うことなく前に立ち塞がった。    男を押さえ込もうと右腕を伸ばした瞬間、あっさり弾かれた上に、こめかみの辺りを右肘を使って思い切り殴られる始末。  痛ったー……。たくさん目から、ばちばちっと星が飛んだよ。    俺が頭を押えてフラフラしてる間に、男は颯爽と走り去る。 「何やってんだよ、このタコっ! 鈍くさいにも程がある。バカっ!」  俺に罵声を浴びせた男は、散々文句を投げつけるように言いながら、足早に男を追いかけた。    その言葉に、多少ムカつきを覚えたけど、殴られた痛みを我慢して、被ってた帽子を脱いで脇に挟めると、捨て台詞を吐いた男の横に、並行するように走ってやった。 「さっきは……すみませんでしたっ。あの男を、捕まえればいいんですよね?」    捨て台詞にはイラついたが、自分のやらかしたミスなので、どうしても挽回しなければ。 「あ~? 野郎、めちゃくちゃ足早くて、追いつけないん、だぜ……」  眉間にシワを寄せ、息も絶え絶えといった感じで答える男に、ニッコリ微笑んでみせる。 「俺は追いつけます。絶対、誰にも負けない!」    言い終わらない内に、加速した両足――履いてる靴は運動靴じゃないけれど、スライドする足は、スムーズに動いてくれた。   (――インターハイ出場、舐めんなよ! )  なぁんて大口叩いてますが、実際は予選敗退選手。だけど、そこらへんのヤツに負けてたまるか!    必死に走って逃げる男に、どんどん近づいていく。そして…… 「先ほどはど~も。かなぁり、痛かったですよぅ」    声をかけながら横に並び、爽やかな笑顔をふりまいて一声かけると、ギョッとした顔をしたガラの悪い男。 「どうもありが、とうっ!」    とうっ! のところで男の足に自分の足をを引っかけて、上手く転ばせた。さっき肘で殴られたお礼を、ここぞとばかりにしっかり返さなきゃね。    派手にスッ転ぶ男に、息を切らしながらあとから来たガラの悪い男たちが、慌てて取り押さえる。 「お前、やるじゃないか。足、めっちゃ、早いの、な‥‥‥」  ゼーゼーしながら俺に話しかける、捨て台詞を吐いた男。よく見ると、俳優並みに整った顔立ちをしているじゃないか。  ――むっ、羨ましい…… 「僕は捜一の山上(やまがみ)。ちょっとドジっちゃって、コイツを取り逃がしたんだ。マジで助かった……」 「せせらぎ公園前派出所に勤務してる水野です。お役に立てて光栄です」    俺は帽子を被り直し、ビシッと敬礼した。    まるで、刑事ドラマみたいなやり取り。勿論俺は、通りすがりの警察官役なんだけど――顔立ちが脇役レベルなので、いた仕方がない。     主人公である山上刑事の額から滴る、汗まみれの顔が眩しいこと、この上ない。まんま熱血刑事って感じに見える。 「お前のその足、僕にくれないか?」 「は? くれないかと言われても……?」    あげれるはずがないじゃないか。何言ってんだ、この人。    ポカンとして、まじまじと山上刑事の顔を見るしかない。 「刑事になってその足で、僕のために働けよ。水野」    真剣な眼差しで、俺をじぃっと見つめながら言い放つ。  この人、冗談じゃなく本気なんだ。    だけど何気に言ってること、酷くないか? まるで俺を、警察犬みたいに扱うつもりのような発言に聞こえるぞ。    今日いつも通り、いろんな出会いがあった。しかしこの山上という刑事との出会いは、正直微妙である。    あまりの衝撃に言葉をなくし、うへぇと思いながら、顔を引きつらせてしまった。    そんな俺に、突きさしそうな勢いで、眉間に指を突きつけられた。ビビッて思わず、顎を引くしかない。 「せせらぎ公園前派出所の水野、インプットしたからな!」 「山上さん、一体何――」 「坊っちゃん。早く連行しないと、デカ長に叱られますよ」  俺の台詞を遮って、他の刑事が叫んだ。    坊っちゃんって何だか、すごい呼ばれ方してるな。どこぞの御曹司なのか!?    うわぁと考えてたその時、肩をポンと叩かれ、ハッと我に返る。 「さっきはありがとう。いやぁ助かった、助かった」    振り返ると、垂れ目の刑事がニコニコしながら、気さくに話しかけてきた。 「いえ、こちらこそすみませんでした。最初に上手く対処していれば、こんなことにはならなかったんですが」 「しかし、タイミング悪かったな。あの山上に、目をつけられるとは」    眉間にシワを寄せて、刑事が憐れむように、じっと俺を見る。その視線を不思議に思って、声を潜めながら訊ねてみた。 「あのぅ、その山上刑事って一体、どういうお方なんですか?」    俺に言い放った上から目線の物言いといい、坊ちゃん呼びされてるところといい、非常に気になる。 「交番勤務じゃ知らなくて当然だよな。山上の父親が、警察庁のお偉いさんでな。親のコネを使って、うちに来て」    同じように、垂れ目の刑事もコソコソ話す。 「やりたい放題やって、きっちり仕事をこなしてくれるワケなんだが――」 「きっちり仕事をしてくれるのなら、むしろ良いんじゃないんですか?」    言い淀む言葉を不思議に思った。きっちり仕事をこなすって、やっぱりできる刑事なんだ。ドジな自分とは大違い。 「バカ野郎! 法律スレスレの危ないことを、ヤツは進んでやるんだぞ。周りの迷惑を無視して、勝手に突っ走るから実際、火の粉被るのが俺たちなんだ」   (うわぁ。それはすっごくイヤかも……) 「それは大変そうですね。今回取り逃がしたのって、そのせいなんですか?」 「いや、デカ長の判断で動いていたんだがな。山上の勘で動いてたら、こんな大事にならなかったと思うなぁ。だけどヤツのやることは、リスクがでかいからね。誰もやりたがらないんだよ」  日頃から、いろいろと苦労してるんだろうな。疲れ切った顔が、すべてを物語っている。    はあぁと大きなため息をついて、トボトボ去って行く垂れ目の刑事に、頑張って下さいと心の中でエールを送った。 「君もその内、イヤというほど分かるよ。ヤツにスカウトされたんだから」    立ち去りながら、呟くように言う。  え……、あれがスカウトされた事になるのか!?  微妙な気持ちを抱え、呆然と立ちつくした俺。イヤな胸騒ぎが激しくする。 『インプットしたからな!』    そう言った山上刑事の嬉しそうな顔が、頭から離れなかった。今から俺のこと、キレイさっぱり忘れてくれないだろうか。  ――その後、交番に戻って小一時間ほど経った夕方、電話が鳴った。    それは明日、署長から人事の話があるというので、顔を出してくれという内容だった。    電話を握り締める掌に、ジワリと汗が滲む。    俺の未来が見えない糸で操られ、希望していない方向に、うんと強く引き寄せられている気がする。    ――抗う事の出来ない、強い何かに……

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