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virgin suicide :運命の出逢い2
***
「来月行われる刑事任用試験、突然だけど君に受けて欲しいんだ。名前と受験番号を、しっかり記入してくれるだけでOKだから」
次の日、署長が発した第一声――
明らかに山上刑事の魔の手が俺を、希望していない刑事課へ導いているとしか思えない。
「このお話……、所長の権限で、なかったことにできませんよね?」
「察してくれ。上からの圧力等々あるんだよ。我々に拒否権は、無いに等しいから」
どこかつらそうな表情を浮かべ、苦笑いしながら俺の顔を見つめる。どうしたものかなぁと悩みながら、恐るおそる訊ねてみる。
「確か試験を受ける前に、看守の仕事をしなければいけないことに、なっていますよね?」
「そこで、犯罪者の心理や事件について調べたりと、いろいろ勉強になるからね」
「刑事試験を受験する人と同じように、受けさせてください。刑事になりたくて、一生懸命に頑張ってる人もいるのに、自分だけこの扱いは納得できません!」
「気持ちは分かるが向こうさんは、今すぐ君を欲しがっているんだ」
頼むから……と念を押すように言う。署長に頭を下げさせることをしてしまった、俺の発言。
署長の立場も、充分過ぎるくらいに分かる。でもこのまま何もしないで刑事になった方が、絶対に迷惑をかけるのが、目に見えているんだ。――だからこそ。
とにかく自分の考えを、署長に伝えまくった。署長も必死に説得してくれたのだが、俺は首を横に振るだけで、話し合いは平行線のまま、二時間が経過した。
刑事の仕事について不安があったから、逆らったのもあるけど一番の原因はやはり、山上刑事の意図で操られるというのが嫌だったから、変に粘ってしまったんだ。
俺とのやり取りに署長が困り果て、とある筋のお偉いさんに電話して、この状況を説明。
結局、半年間だけ総務部留置管理課へ異動し、その後刑事試験を受験することで、未来の采配が決められてしまったのだった。
本当は一年以上、看守の仕事をしなければならないのに、ショートカットで半年間だけの勤務。その後、刑事試験を受験するという俺の行動は周囲から見て、とても奇異に映ったと思う。
行く先々で囁かれる、山上が――という台詞。
まるで呪いの呪文みたいに繰り返され、身の置場所がなかったので、目立たないように仕事をしつつ、しっかりと勉強に励んだ。無条件に合格は決まっていたけれど、やるからには最善を尽くすのが俺の流儀。
学科と論文は、そつなくこなした。しかし困ったのは面接のときに面接官から、どうして刑事になりたいか。という質問だった。
山上刑事が、俺の足になれと言ったから……何て答えるわけにはないよな。
心の中で苦笑いしながら、それなりの答えを口にしてみる。
「自分は仕事の関係で時々、刑事課を訪れることがあり、そこで垣間見た刑事の仕事に、とても魅力を感じました。仕事柄、大変な職務なのは承知していますが責任を持って、全うしたいと考えております」
ありきたり……といえばそうなんだけど、これ以上の言葉が見つからなかった。正直、情けない――
ドキドキをひた隠し、胸を張って堂々を装う俺に、
「君は山上とは、どういう関係なんだね? 親戚か、何か?」
どこか面倒くさそうな顔した主任面接官が、衝撃的な一言をぽいっと投げ掛けてきた。
いきなりの質問に、くっと息を飲み込むしかない。山上という名に、自然と体が強張る。どうしていいか分からず目を見開いて主任面接官のことを、無意味に見つめてしまった。
他の面接官が、あ~あ……みたいな顔をして、憐れんだ様子で俺を見ているし、他の受験生からも見えないプレッシャーを、ひしひしと肌で感じまくって……
(――こんな場所でも、山上の呪いの言葉って――)
「山上刑事とは、そのぅ……。半年前にパトロール中に出会い、偶然取り逃がしていた容疑者を、自分が確保しました。面識は、その一度きりです」
さっきの質問より、異常に気を遣う。既に疲労困憊だよ。
「へえ、そこで恩を売ったんだ」
意地悪な返答に、ぶわっと頭が混乱。冷や汗がたらりと、額に流れ落ちるのが分かった。
「じっ、自分は犯人確保するのを手助けしただけで、けして恩を売ったつもりはありません!」
ああ、口から心臓が出そうなくらい、すっごくバクバクしてる。
「そうなんだ。大変だったね。いろいろ苦労すると思うけど、頑張りたまえ」
「はい……?」
俺の変な緊張を知ってか知らでか、あっさり引いた主任面接官。
こうして全ての刑事任用試験は終わり晴れて合格した俺は、捜査専科講習に三ヶ月間の実習と、学科を勉強して卒業試験に挑んだ。
ドジしないよう落ち着いて、試験を頑張った甲斐もあり合格した。
(山上刑事の力が裏で思い切り、働いているのもあるけどね)
そして山上刑事が俺を待ち構えてるであろう、捜査一課第一特殊捜査三係に無事、異動となったのだった。
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