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virgin suicide :運命の出逢い3

***  私物を入れた大きなダンボールを持って、とぼとぼ捜査一課へ向かう。    交番勤務してるときに何度か訪れた事のある場所だが、まさか自分の職場になろうとは、夢にも思わなかった。  これから働くことになる捜査一課第一特殊捜査三係は、航空機や列車等での事故、爆破事件、爆発事故、労働災害による業務上過失致死傷事件の捜査を、専門に扱う部署だった。 「確か……特捜三係って入口から一番、奥まっている遠い場所にあったはずだよな」  ダンボールを持つ腕に、ぎゅっと勝手に力が入る。 「失礼しますっ!」    ペコリと頭を下げ、足早に中に入る。目立たないよう小さくなりながら、奥のフロアを黙々と目指した。どこに行っても囁かれる、山上の呪いの呪文を聞くのが、本当にイヤだったから。 「――あれ?」    いつもと雰囲気が違う。何だか全体的に、閑散としている捜査一課。もしかして何か事件があって、みんな出払ってる? 「何はともあれ、ラッキー……」    ほっとしながらため息をつき、特捜三係に辿り着くと、そこには見知った顔があった。 「おっ、やっとお出ましか!」    その人は山上刑事のことを、丁寧に教えてくれた刑事さんだった。自分のデスクから席を立ち、わざわざ迎えに来てくれる。 「今日からお世話になります、水野 政隆です。宜しくお願いします!」 「ああ、デカ長の林田だ。こちらこそ、宜しく頼むよ」    人の良さそうな垂れ目で、じっと俺を見つめる。お陰で緊張していた気持ちが、一気に和んでいく感じがした。 「……林田さん、デカ長になったんですね。もしかして容疑者取り逃がした件で、前のデカ長さんが飛ばされたんですか?」  声のトーンを落とし、コソッと聞いてみた。 「あ~、まぁ……それもあるんだがな。一番の原因はお前さんだよ、水野」 「俺……?」  顎を触り、苦笑いしながら、言いにくそうに説明する。 「山上がな、例のミスを使って、さくっと前デカ長を飛ばし、ポストを一つ空けたんだ。お前さんを、ここに呼ぶためにさ」 「な、何て荒業……」 「確かに荒業だよな。でも山上家の力を使えば、造作のないことよ。なのであのミスは、タイムリーだったわけ。だけど上手いこといったのは、ここまでだったがなぁ」  そう言ってスッと俺から視線を外し、どこかを見るデカ長。その視線の先が気になって、覗き見ようとした次の瞬間、後頭部に叩かれたような激痛が走った。  「うっ、つっ……」 (――思いっきり、誰かにパーで叩かれた) 「こぉの、ど阿呆がっ! どうして、すぐに来なかったんだっ?」  聞き覚えのある、特徴的な低めのハスキーボイス。 「……お久しぶりです。山上先輩……」    両手にダンボールを持ったままだったので叩かれた頭を、擦ることができない。  渋い顔をして振り返ると、同じように渋い顔をした山上先輩と、バッチリ目が合ってしまった。   「感動の再会! つ~ワケに、いかないよなぁ」    ゲラゲラと大笑いしながら、デカ長が言う。 「なんですぐに、ここへ来なかったんだ?」 「自分の家の力を使って、無理矢理に呼び寄せようとする、その姑息な手段が、すっごい嫌だったんです。きちんと勉強して実習もやって、足手まといにならないように」 「だからバカなんだよ、お前はっ! 一秒でも早く、現場に出た方が慣れるのが早いって、分かんないのかな」    俺の台詞を遮り、心底呆れた顔をしながら、ぎろりと俺を睨む。その顔が鬼のようで、怖いの何の…… 「看守の仕事して、プロファイリングでもできる様になったのか?」 「……そんなの、できません」  ダンボールの下で、両手を握りしめて拳を作る。  ――悔しいけど、言い返せない―― 「こっちはな、一年近く欠員出したまま、毎日仕事してんだよ。それがどんなに激務なのか、お前に分かる?」 「まあまあ、山上。それくらいにしといてやれ。水野は水野で一生懸命、頑張ってきたんだから。常にトップの成績維持して、ウチに来てくれたんだぞ」 「成績良くたって、犯人捕まえられないですよ。デカ長」 「…………」    今すぐにでも交番勤務に戻りたい。もしくは、看守の仕事でもいい。犯罪者のそばにいる方が、百倍マシだ。こんな毒舌マシンの近くにいたら俺の精神、間違いなく壊してしまうよ。 「そんなワケだから水野、山上を頼むぞ。しっかり、教育してやってくれや」    俺の頭を優しくポンポンしてから、自分のデスクに戻るデカ長。 「それ、逆じゃないですかっ!?」  シンクロした、俺と山上先輩の声。思わず互いの顔を、ジロジロと見合ってしまった。 「タイミングにイントネーションまで同じたぁ、いやぁ恐れ入った。山の上から水が滴る、いいコンビだなって。おい、誰か、座布団一枚、持って来い!!」  俺たちの名字をかけて、ひとり漫才するデカ長に、俺はこっそりとため息をついた。    この職場、いろいろ有りすぎて、どうしていいか、分からないよ……

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