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Imitation Black:引き寄せられる距離6

***    前回同様、ちゃっかりヨネさんの手料理に舌鼓を打ち、勉強会は始まった。 「僕の鞄、持ってきてくれて有難う。助かった」 「こっちこそ。気遣わせて悪い」 「こんな余計なことをしなくても、松田は来てくれるって分かってるのに、大きなお世話だったよな」    頭をポリポリ掻きながら、済まなそうな顔をする山上。俺は笑いながら、首を左右に振った。 「元はと言えば俺が言い出したことなのに、手書きの宿題まで作って、しっかり者すぎるぞ」  テーブルの向かい側にいる、山上の額にデコピンしてやる。コツンといい音が鳴った。 「松田の成績上がらなかったら、僕の責任になるじゃないか。念には念を入れたいんだ」  痛そうな顔をして、俺を睨む。    ちょっと強く、やり過ぎたか?  謝ろうかと山上の顔を見つめると、グイッと身を乗り出してきた。 「やっ、山上!?」  息のかかりそうなすぐ傍に、キレイな顔が目の前にある。俺が首の角度をちょっと変え近づけば、キスの出来るその距離に、自然と鼓動が高鳴った。    シャープなラインを描いた、その頬に手を伸ばして、強引に口づけることも出来る。  なぜか山上は動かないで、じっと俺の顔を見つめたまま、微動だにしない。    ――衝動の赴くまま、お前に手を出すことが出来るのなら――  右手がふわっと山上に向かって、動き出した瞬間。 「すごいな」  ワケの分からない言葉を告げた山上の声に、ハッと我に返った。右手を慌てて引っ込め、ぎゅっと拳を作る。 「な、何がだよ?」  思わず、上ずってしまった声。ドギマギして、視線を彷徨わせるしかない。 「松田の瞳ってよく見ると、グレーがかっているんだな。部屋の電気のせいかと思って、じっと見ちゃった」  変なことをして悪かったと付け加え、いそいそ体勢を元に戻す。    俺は膝に置いた右手を、強く握りしめた。  ヤベェ、本当に手を出すところだった…… 「曾婆ちゃんが実はロシア人でさ。この目のせいで、小さい頃は苛められたんだけど……」 「それで、肌の色も白いワケだ。僕は松田のその瞳の色、好きだけど。だって綺麗じゃないか」 「ありがと……」  俺の目を山上に好きと言われたせいで、無駄にドキドキしまくった。    そんな他愛無いことだけで、こんなにも俺の心は、ふわふわと舞い上がる。だけどどんなに想っても、お前を手にすることは出来ないんだな。  そんな山上は、まるで鏡花水月だ―― 「松田が小さいとき、僕がそばにいたら守ってやれたのに。こんな綺麗な目をしたヤツを、苛めるなってさ」 「山上……」 「だって、理不尽じゃないか。自分たちと違うからって、よってたかって苛められたんだろ?」  もう済んだ昔話なのに、自分のことのように眉根を寄せて憤慨する。 「まあな。でも小さい時のことなんだから、仕方ないだろ」 「僕のモットーは懲悪だからね。自転車の二人乗りだって許さない」  自嘲的に笑う山上の顔に、俺は苦笑いしてしまった。 「山上が警察官になったら、ここは平和になりそうだな」 「なりたいと思ってる。僕は刑事になりたいんだ。父親みたいな幹部じゃなく、現場にバンバン出る、最前線の刑事になりたい」 「お前なら、間違いなくなれるだろ。学校の成績だって優秀なんだし」  感嘆のため息をつきながら言うと、切れ長の一重瞼を細めながら、じっと俺を見つめた。 「僕は、ブラックだから……誰よりも犯人の心理を、読むことが出来ると思うんだ」 「どこがブラックなんだよ、俺の方が腹黒いぞ」 「松田は、本当の僕を知らないだけさ。本当はいろいろ計算して、行動しているんだよ……」 「策士っちゃ、そうだよな」  意味深に笑う山上を不思議に思いながら、ぼんやり見つめ返した。  確かにこれまでの山上の動きを見れば、計算されている。それは明らかだった。 「さっき松田の顔を間近で見たのだって、キスしてもらおうと思って近づいたんだって言ったら、信じる?」 「は……?」  それって、一体……!? 「なぁんて、な」  艶っぽい流し目をしてから、俺のオデコに強烈なデコピンをした山上。 「いでっ!」 「僕にしたのは、もっと痛かったんだぞ。お返しだ」  そしてもう一発、痛いのをお見舞いしてくれた。    俺はオデコを撫でながら、恨めしそうに山上を見ると、一層カラカラ笑う。 「僕に手を出すなんて、百年早いんだよ。倍返しは基本だから」  こういう所が姫って言われる、所以なんだろうな。  笑いながら山上は俺がやり終えた宿題に、ゆっくりと視線を落とした。    俺はコッソリため息をつきながら、今更思う。    どんなに隙を窺っても、山上を手に入れることは出来ないだろう。    ――こんなに近くにいるのに――

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