43 / 123

Imitation Black:本当の姿2

***  放課後――職員会議のお陰で、部活がなかった。  真っすぐ帰宅しようと、せっせと帰り仕度をしている俺の横を、すれ違いざま左肩を二度叩いた人物。 「ん……山上、どうした?」  その顔色は冴えないモノだったから、眉根を寄せて問いかけてしまった。 「ちょっと、話を聞いて欲しいんだけど。時間、大丈夫?」 「大丈夫だけど……。もしかして、実習生と何かあったのか?」  こっそり訊ねた台詞に、コクリと頷く。そのせいで、先程の胸騒ぎを思い出した。  一体、何があったというのだろうか? 「誰にも聞かれたくないから、三階の音楽室で話を聞いてくれる?」 「ああ、分かった」 「僕、担任に呼ばれてるから、先に行って待ってて」  まくし立てるように告げると、慌ただしくバタバタ走って、教室を出て行った山上。その背を見送り、帰り仕度をしてから、ゆっくりした足取りで三階へと向かった。  音楽室に入ると夏の暑さと閉め切ってたせいで、室温が半端ない状態。急いで窓を開け放つと、心地良い風がさぁっと入ってくる。  さすがは三階、自分たちのいる教室よりも風通しが良い。  ピアノと備え付け椅子以外、何もないところなので、しょうがなくその椅子に腰かける。  入ってくる風を感じていたら、程なくして息を切らしながら、山上が音楽室に飛び込んできた。その姿をピアノに頬杖をついたまま、ぼんやりと眺める。  ゆっくりと扉を閉め、きっちり施錠しながら、 「悪い、待たせたね」  そう言って、額の汗を右手で拭った。  手にジュースを持って、流し目をしながら飲んだ所をCMなんかにしたらきっと、その商品が売れるだろう。  そんな変なことを、考えついてしまった。 「話って、何だよ? 実習生と仲直りが出来なかったのか?」  頬杖を止めて、きちんと山上に向き合う。椅子に座った俺を目の前に、真剣な面持ちの山上が、見降ろすように立ちつくした。 「……先生と、別れた」 「別れたって、どうして。期限付きでここを去るったって、大学は目と鼻の先にあるんだから、付き合っていくのは可能だろ?」 「距離の問題じゃないよ、違うんだ松田」  山上の言葉に不思議顔をすると、可笑しいといわんばかりに目を細める。    ちょっとだけ見ることのできる、揺れる瞳がどこか色っぽく映った。 「先生との付き合いは、始めからイミテーションだったんだ」  その言葉に、首を傾げた。ますますワケが分からない。 「何だ、それ? 何か理由があるから、そんなことをしたのか?」 「まあな。嫉妬させるのに、先生は適任だと思ったから」 「誰に、嫉妬させたいんだよ?」 「お前にさ松田。僕のこと、好きだろう?」  突然自分の気持ちをズバリと言われ、二の句を見事に奪われた。   (どうして……どうして俺の気持ちが分かったんだよ!?)    金魚のように、口をパクパクしてしまう。アホ面丸出しもいいところだ。 「僕が困ってるときに、必ず松田は視界に入っていた。お前はさりげなく入ってるつもりだったんだろうけど、僕の目にはいつも映っていたよ」 「ぐ、偶然だろ。あはは……」 「僕が間合いを詰めると、何故か逃げるから作戦を立てたのに。どうして先生から、僕をさっさと奪ってくれなかったんだ?」    ゆっくりと山上が一歩近づく。慌てて椅子から立ち上がり、後ろへ飛びのくように退いた。腰かけていた椅子が静寂を切り裂くように、音を立てて派手に倒れる。 「わざわざ二人きりの空間を提供しても、キスの一つもしてくれないし。どれだけ僕を焦らせば、気が済むんだ?」 「ちょっ、待て山上っ!」  俺が真っ赤になって大声を出すと、その場でピタリと立ち止り、ゆっくり目を閉じた。 「松田、キスしてよ。僕はお前からされたいんだ」  色っぽい佇まいに、自然と喉が鳴ってしまう。  大好きな山上が、手を出せと言っている。俺が触れても、大丈夫なんだろうか?  いらない不安とか緊張が高まって、体を動かすことが全然出来なかった。 「ほら、早く……」  甘く掠れた低い声で誘う山上に堪らなくなり、衝動の赴くままその体をぎゅっと抱きしめ、恐るおそるキスをした。  山上の唇は想像していたよりも冷たく、不思議な感触をしていて――ドキドキしながら唇をゆっくり離す。  この後のことを考えた次の瞬間、ワイシャツの左襟元を掴んだと思ったら強く捻り上げ、右足を自分の足に上手く引っ掛けながら、強引に押し倒される。目まぐるしく変わる景色と一緒に、薄く笑った山上の顔が目に留まった。 「わわっ!」  一瞬の出来事で、自分の身に何が起こったのかすら分からない。したたかに打った背中の鈍い痛みに目を閉じ、醜く顔を歪ませることしか出来なくて。    その痛みに堪えながら目を開くと天井が映り込み、起きかけた俺の体に山上がガバッと覆いかぶさってきた。 「あんなキスじゃ、僕の渇きは癒せないよ。もっと濃厚なのをしなくちゃ」 「何、言ってんだ……?」 「僕がするんだ。松田は黙って、受け入れてくれるだけでいいから」  愕然としたまま、山上を見上げる。    目の前にある山上の目は異様にギラギラしていた。いつもの優しい目じゃなく、冷徹とか冷酷とかどこまでも冷めたその瞳のせいで、今まで見たことのない顔をしている。その様子に気圧され、息を飲んで見上げるのが精一杯だった。 「どうしてそんな、驚いた顔しているんだ?」 「だって……」 「僕がキレイな顔してるから、やりたいって思ったんだろ? でもね、僕だって男なんだ」   そして荒々しく唇を合わせてくる。俺を押さえつける山上の力は想像以上に半端なくて、抗うことが出来なかった。 「んんっ……!」  割って入ってきた舌に口内が犯され、いとも容易く翻弄される。抵抗しなきゃいけないのに、思考を奪う快感に感覚がどんどん麻痺していった。  たかがキスだけなのに、何なんだよ一体。この先も……慣れているんだろうか?  解放された唇で、荒い息を繰り返す。遠くなりかけた意識が、少しずつ戻ってきた。 「その潤んだグレーの瞳、いいね。すごくそそられる」  足りなくなっていた酸素が取り込まれていくにしたがって、痺れていた体が正常になっていく。だから山上が告げた言葉の意味に、すぐさまショックを受けるしかなくて。 「お前……他のヤツとも……その」 「寝たよ、僕が抱いてやった。気に入ったヤツ限定だけど」 「何だ、それ」 「この間、言ったろう? 僕に手を出したら、倍返しするって」  鼻で笑ってから片手で器用に、俺のワイシャツのボタンを手早く外していく。  空いた左手で裸になった俺の肌を、愛おしそうに撫でてきた。触れられたところが、熱したコテを当てたみたいに、じわりと熱を帯びていく。同時にゾクゾクとした感覚が体を駆け巡り、勝手に息が上がってしまった。  山上に……好きなヤツに触れられてるんだから、それは当然なワケで。抵抗したいのに……悔しいけど出来ない。    堪らない気持ちをやり過ごすべく、両手をぎゅっと握り締めた。  顔を背け、目を閉じる俺の首の付け根に山上が顔を埋めた。ふわりと鼻腔を掠める、山上の髪の香り。魅惑的な花の香りに、更に体温が上昇する。 「いっ、痛っ! 何してんだよ?」  首の付け根に、ピリッと激痛が走った。 「僕のだっていう、口痕をつけただけだ。肌の色が白いから、本当につけごたえがあるね」  俺に噛みついた山上を、横目でジロリと睨んでやる。睨まれてるというのに、嘲笑う様な微笑みを、その綺麗な顔に湛えた。  このままだと他のヤツらみたいに、俺もヤラれてしまう。いや……ヤラれてもいいと思ってる、自分がいるのも確かだ―― 「山上……お前は俺のことが、好きなのか?」 「ああ。松田のそのグレーの瞳と、抜けるような白い肌が好きだよ」  それは身体的特徴であって、俺自身じゃないだろう。俺はこんなに、山上のすべてが好きなのに……今晒してるブラックな姿をしたお前の姿にも、恋焦がれているというのに。……胸が痛くて苦しい。 「お前なんか、好きにならなきゃよかった」  ボソリと呟いて渾身の力を込め、油断している山上に、右手を振りかぶり平手打ちをした。  パシーンと、音楽室に響き渡る音。気持ちいいくらい、派手に決まった。 「俺のことが好きじゃないヤツなんかに、簡単に抱かれてたまるかよ。ふざけんなっ!」 「好きだって言ったろう。どうして」 「お前の好きと俺の好きは違うんだ。全然っ、違うんだよ!」  大きな声で言い放ち、山上の体を足で蹴飛ばした。俺に叩かれた頬に手を当てたまま、無様にその場へと横たわる。  一重瞼の目を大きく見開き、俺をじっと見つめてきた。その顔は、何を言ってるんだといった感じだ。 「好きが違うって、比重の問題?」 「比重って……そんなんじゃない。お前、誰かを好きになったことがないのか?」 「…………」  俺の問いに答えず、俯く山上。右手をぎゅっと握りしめ、何かに耐えているように見えた。 「山上と実習生の付き合いよりも、普段のお前の姿がイミテーションだったのな。すっかり騙されたよ」  はだけたワイシャツの胸元を合わせながら、ゆっくりと立ち上がる。 「松田……?」 「お前なんか大っ嫌いだ。もう二度と俺に近づくなっ!」  ずっと山上に言いたかった台詞とは違う、真逆の言葉を告げてしまった。こう言わないと、自分の中にある大事なモノが壊れてしまいそうだったんだ。  下唇を噛んで踵を返すように、音楽室を飛び出す。その姿を見て、山上が涙を流してるなんて、思いもよらずに――

ともだちにシェアしよう!