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Scarface:突然の出逢い
俺はあと、どれくらい生きられるのだろうか? 数時間? それともあと1日? それでも貴方のためにこの命を捧げることができるのなら、それは本望なのかもしれない。無駄に長く生き長らえるよりも、貴方の代わりに死ぬことができるのなら。
――喜んで俺の命を捧げよう――
「いろいろ世話になったんだし、本当はお別れくらい言いたかったけど、緊急事態なんだから仕方ないよな」
ため息をつきながら、ぽつりと呟いた。
ターゲットは、ひょろっとした色白の刑事だったのに、彼を庇った男を撃ってしまった。しかも、トドメを刺すように3発も使って。理由は明解、個人的な感情がそうさせたのだ。本来の目的はただの脅しだったのに、迷うことなく殺ってしまった。
計画倒れはそれだけでなく、公園の外れに逃走用の車が駐車しているはずなのに、車はおろか仲間の姿すら見えなかった。
「結局、俺は捨てられたのか……」
喧嘩の毎日に明け暮れ、ボロ雑巾みたいにボロボロだったところを、強引に拾ってくれたあの人。そして使い古した俺を、自らの手でポイッと捨てたのかな。
目を閉じ肩を落として、両拳をぎゅっと強く握りしめた。
「違うだろ。自らの手で捨てたんじゃなく、俺自身が喜んで代わりになったんじゃないか。昴さんは悪くない……」
俺と昴さんの出逢いは、一年以上前のこと。繁華街のゴミ捨て場であっさりとケンカに負けて傷だらけになっている俺に、わざわざ声をかけてきたのがきっかけだった。
「あ~あ、随分と派手にやられたもんだなぁ。せっかくのイケメンが台無しじゃないか」
苦笑いして俺を見下ろすその姿に、思わず息を飲む。三白眼気味の視線から放たれる、凄みのある眼差しに捉えられて、躰を強張らせた。高そうなスーツをビシッと着こなし、後方には見るからにチンピラとわかる男が数人控えている状況に、頭の中で絶体絶命という言葉が浮かぶ。
(コイツ、カタギの人間じゃねぇ……。なんでケンカに負けた俺に、わざわざ声をかけたんだ?)
眉根を寄せながら見上げると、片側の口角を上げながら、スッと右手を差し出す。俺は不思議に思いながら、その手と顔を交互に見つめた。
「なんだ、呆けた顔して。取って食ったりしないから安心しろ」
ふわりと笑いながら屈み、なおも俺に向かって手を差し出す。凄みが少しだけ軽減したその雰囲気に恐るおそる左手を伸ばして男の右手を握ると、一気に引き上げられた。
「っ、イテテ……」
立ち上がった衝撃のせいで、殴られたケガに響く。脇腹を擦りながら、スーツの男を見下ろした。
「手負いの獣みたいな瞳をしているな。そんなんだから、ケンカに巻き込まれるんじゃないのか?」
「好きで、ケンカしてんじゃねぇっての!」
噛みつくように言い放ってやると、後ろに控えてるチンピラが「てめぇ!」と口々に怒鳴った。スーツの男が片手を上げて制した途端に、怒鳴った男たちが俺を睨みながら押し黙る。
「俺は弱いクセに、粋がってるヤツが好きなんだ。ウチに来ないか? 強くしてやるぞ」
「それっておまえが引き連れてるソイツらと、仲良くしなきゃなんねぇんだろ? そんな末恐ろしい話はゴメンだね」
プイッとそっぽを向いた俺の右頬にかかってる髪を、スーツの男が手を伸ばし、唐突にかき上げた。
「ちょっ、なにすんだっ!」
反射的にその手を強く叩くと、後ろにいたチンピラ達がざわついた。
「見られたくないキズなのか、随分古いモノみたいだが」
スーツの男は叩かれた手を痛そうにブラブラしながら、そのくせ笑みは絶やさない。
「アンタには関係ないだろ、わざわざ見んなよ!」
「関係なら、これから作っていけばいい話だ」
楽しそうに言い放って両手で俺の襟元を掴んだ瞬間、がつんと頭突きをお見舞いされた瞬間、目からバチバチっと星が飛ぶ。唐突な頭突きで頭がフラフラしかけた体に、先ほど擦っていた脇腹へ、華麗な回し蹴りを決めるスーツの男。
「なっ! 痛ってぇ……」
歩道にうずくまり身悶える俺を、嘲笑いながら見下ろした。
「生まれつきのドSだから、弱いトコをつい見極めちゃうんだよ、悪いねぇ」
後方にいるチンピラ達も俺が身悶える様子を、クスクス笑いながら眺めていた。
(なんなんだ、一体……。コイツ等には、何もやっていないというのに)
「俺がおまえにケガをさせたという、大義名分が立つワケだ。おい、連れて帰るぞ!」
指示されたその声に仕方なさそうな顔したチンピラ数人が、ため息をつきながら体を掴んできた。
「っ……、汚い手で触んじゃねえって!」
ジタバタ暴れまくる俺にスーツの男が苦笑いしながら近づき、脇腹に重いパンチを左ストレートでいきなり繰り出した。
「粋のイイ男は好きだがな、大人しくしなきゃならないときがあるってことくらい、空気で読めよな」
耳にその台詞が投げかけられた瞬間、意識がスッと遠のく。
(俺はこれから、どうなってしまうんだろう……)
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