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Scarface:突然の出逢い2
寝返りをした瞬間、脇腹に走る鈍い痛みでぱっと目が覚めた。窓ガラスから月明かりが入り、部屋をほんのりうつしている。
脇腹を擦りながらやっとのこと起き上がり、キョロキョロ見渡して、ここがどこなのか確認してみた。自分が横たわっているキングサイズのベッドに、高級そうな装飾を施したサイドテーブル。ベッド横の壁一面にはクローゼットの扉があり、他にはなにもなかった。
「ここ、どこなんだよ……」
恐るおそる床に足を着き、そろりそろりと音がならないように歩いて扉を開けると、繋がってる部屋の明かりが、一気に目に飛び込む。あまりの眩しさに、思わず目を閉じて固まった。
「目が覚めたのか。にしても、スゲーいいタイミングで起きたもんだな」
その声でゆっくり目を開けると、俺に頭突きしたガラの悪い男が、質の良さそうなソファに座ったまま振り返り、カップラーメンを手にしたまま笑いかけた。
「別に、俺は腹が空いて起きたんじゃ――」
言ったそばから、タイミング悪く腹が鳴る。カップラーメンから放たれる、美味しそうなニオイのせいだった。
「腹が減っては、戦はできないだろ。コレと同じので良ければ、あるから食えよ」
「いやだ、今は焼きそばが食いたい」
言われるがまま同じ物を食べるのがイヤだったので、突飛なワガママを言ってみる。すっごい小さな反抗だってわかっているけど、せずにはいられない。
「飼い猫にエサを与えるのは、主人の勤めだからなぁ。焼きそば、あったっけか?」
ガラの悪い男は反抗心剥き出しの俺を見て、ププッと笑いながらゆっくりと立ち上がり、わざわざ戸棚を漁りだす。
「俺、インスタントじゃなく、ちゃんとしたのが食いたいんだけど」
「ちゃんとしたのって、これからどこか食いに連れて行けってことかぁ?」
戸棚の扉を閉めながら、面倒くさそうな表情をありありと浮かべた。その態度に尚更、イラッとした感情が倍増される。
「焼きそばくらい、自分で作れるし!」
俺の放った言葉にガラの悪い男は、三白眼を大きく見開いた。その顔、正直怖いんだけどとは言えない。
「ほぅ、なんか意外だな。作ってみればと言いたいトコなんだが生憎、冷蔵庫にはなにも入ってないんだわ」
肩を竦めながら、テーブルに置かれているスマホに手を伸ばし、手早くボタンを押してどこかにかけた。
「ちょっと待ってろ、すぐに戻るから」
そう言い残し、颯爽と出て行ったガラの悪い男。言葉通りにすぐ戻って来たその手には、ビニール袋がぶら下がっていた。
「ほら、焼きそばの材料だ。好きなだけ作って食え」
グイッと俺の手に、押し付けるように渡す。
「えっと……有難うございます」
「調味料、そこにある物を好きなの使えよ。前に付き合ってたヤツが料理好きでな、いろんなのがあるハズだから」
「はあ……」
「いいモノ見せてもらったお礼だ、遠慮するな」
艶っぽく笑いながら俺の横を通り過ぎ、先ほど座ってたソファに腰をおろして、再びカップラーメンをすすりだした。
(いいモノ見せてもらったお礼? いったい、なんのことだろう)
俺が首を傾げるとガラの悪い男はカップラーメンをテーブルに置き、傍に置いてあるメガネに手を伸ばして、ふとこちらを見た。
「なんだ、不思議そうな顔して」
「あのぅ、いいモノってなにかなって……」
よくよく考えたら俺は殴られ、気絶した後の記憶が全くといっていいほどない。多分ここは、この男の家だと思われるのだが、それ以外の情報がないという。そんな状況なのにお腹が空いたからと、料理をはじめようとした俺も正直どうかしてる。
手渡されたビニール袋を、ぎゅっと握りしめた。
「しあわせそうに寝てるおまえを、着替えさせたのは俺なの。全部着替えさせたから、ナニも見てるワケなんだよ」
「は?」
「だって俺のベッドに寝かせるのに、汚い格好で寝させるわけないだろう。だから全部脱がせて、チェンジしたということ」
(洋服のチェンジはわかる。なぜに、下着までチェンジしたんだよ!?)
信じられないと思いながらガラの悪い男の顔を見ると、長い脚を格好良く組み替え、嬉しそうに見つめ返してきた。
「俺、顔を見ただけで、ソイツがどんなモノ持ってるかがわかっちゃうんだよ。予想通りで、なによりだったんだ」
「言ってる意味、全然わかんないんだけど……」
「おまえを無理やり連れ帰って、正解だったなぁと思ってさ。眠りこけてるおまえのナニを確認して、想像通りの色艶してたから、すっげぇ嬉しくってなぁ。そのあと弄って」
「ちょっ、待て……弄ってって……」
「言ったろ、生まれつきのドSだって。ちなみに俺は、笹川 昴 。名字名前両方に、Sが付いちゃってるからね。もう運命と言うしかないんだなぁ、これが」
クスクス笑いながら、自己紹介をするこのガラの悪い男。変な自己紹介に、俺は顔を激しく引きつらせた。
「誰もお前の名前なんか、聞いちゃいないって! 俺の大事な部分、なんで勝手に弄ったんだ、この変態野郎っ!」
「いやだなぁ。自分からあんなに腰振って、気持ち良さそうにしてたクセに」
「ななっ!?」
「俺のこの口で昇天しておいて、なにを今更騒いでんだ。終わったことを蒸し返すなんて、女みたいなヤツだな」
その言葉に手にしていたビニール袋を、ボトリと落としてしまった。
(俺、イカされたの? この変な男に――)
ガラの悪い男はニヤリと笑って、ゆっくりと立ち上がり、茫然自失状態の俺にすり寄ってくる。
「次はおまえのナニを使って、この俺をイカせて欲しいんだけどなぁ」
耳元で囁く言葉に、返答できない。タチの悪い男に捕まってしまった。今すぐ逃げ出したいのに、体が石になった状態だった。カチンコチンに固まって、全然動けない。
「……なぁんて、な」
言うや否や、俺の後頭部をバコンと叩く。
「いだっ!」
「俺様をパシりに使うなんて、十年早いんだよ。俺の言ったことには逆らうな、おまえは俺の飼い猫なんだから!」
「飼い猫って、そんな……」
「逆らったら問答無用で犯すからなぁ。俺は容赦しないタチだから、泣き叫ぶことになるぞ」
「なんだよ、それ……」
俺がビビッて一歩退くと、顎を掴まれ停止させられる。
「おまえの名前、なんていうんだ? タマだったらウケるな」
「生憎そんな名前じゃねぇよ。教えるもんかバカ!」
目線だけでそっぽを向くと、ガラの悪い男は顎を掴んでた手を放し、痛む脇腹にグリグリと拳を使って、これでもかと当ててきた。それが痛いのなんの。容赦のない攻撃に、お腹を押さえて悶絶するしかなかった。
「くっ……!」
「折角、この俺が手当てしてやってんのに、どうしてこうも素直じゃないのかねぇ。で、名前は?」
「もっ、森田 竜生 ……」
「竜生ね。ふむ、いい名前じゃないか」
痛みに悶えながら膝をつく俺の頭を、ガラの悪い男はグチャグチャと乱暴に撫でる。
「これからいろいろと、ヨロシク頼む。仲良くしような、竜生」
こうして俺と昴さんの共同生活が、唐突にはじまったのだった。
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