＊＊＊ 　昴は親父のことを、ぶち殺しそうな勢いで睨み倒した。　 「ワザとだろ、この場に竜生を呼んだのは。俺の代わりにするのにさ」 「偶然だ、俺の腹が鳴っていたからな」 「ふざけんじゃねぇよ、長い付き合いしてんだからわかるって」 　自分じゃ制御できない苛立ちを、デスクをガンガン殴ることによって表す。このタヌキ親父と長いこと一緒に仕事をしてきたのだ、わかりたくなくてもわかってしまう。 　 　昴は両拳を、ぎゅっと強く握りしめた。 「いい面構えだ、そんなにシャムが大事か？　代わりはいくらでもいるだろう」 「竜生はこの世で、たったひとりきりの存在です。代わりなんていない。大事なヤツなんだよ！　それなのにっ」 「昴、俺にとっておまえは、ひとりきりの存在だ。この組にとっては、かけがえのない大事な幹部なんだぞ。この違いがわかるか？」 　諭すように言う親父の言葉に、昴は下唇を噛んだ。自分の立場を呪ったのは、いつ以来だろうか。 （大切にしたいヤツが、掌からすり抜けていく、このイヤな感じ――） 「早めに銃の扱い方を、竜生に教えておけよ。いつでも行けるようにな」 「……はい」 「遅くても、一週間以内に死んでもらうから」 「やめてくれ、そんな言い方……」 　昴は突きつけられた現実を見たくなくて、両目を閉じながら俯いて、やっと言葉にした。 　（……竜生が俺の代わりに、この世からいなくなる。好きなヤツがいなくなるんだ、胸が軋むように痛い、痛すぎる） 「ああ、済まない。消えてもらうが、正しいか」 　もう何人も下の者を切っている親父は、心が痛むことはないのだろう。麻痺してるといってもいい。そうやって組を、どんどん大きくさせていったのだから。そして組の繁栄に、俺自身も加担しているのだから同罪なれど――。 （組を守るためにこのまま大事な竜生を、犠牲にしていいのだろうか……） 「おまえ、一時の感情に流されると、前みたいな失敗するぞ。常に冷静であれ」 「わかってる。親父の言うことを聞いていれば、間違った道に行かなくて済むしな。親父のおかげで、今の自分がいることができてる」 　逆らいたい衝動に駆られたことが数回あったが、それでも最後は言うことを聞いていた。親父の信頼を、裏切りたくなかったから。今まで世話になっていたから。だのにその親父が目の前で、大事にしてるヤツに直接手を下した。 「それじゃ俺も仕事が立て込んでるんで、失礼します」 　昴は姿勢を正してから、ゆっくり頭を下げ、きっちりと一礼をした。奥歯を噛み締め、顔を歪ませながら考える。 　――このまま好きなヤツを、簡単に見捨てておけるような、冷淡な人間でいられない―― 　頭を上げた今は、この部屋に来たときと同じ顔をすることができた。守らなきゃならないヤツがいる。それだけでいつも以上に強くなれる自分がいることに、ようやく気が付いたのだった。