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抗うことのできない恋ならば、いっそこの手で壊してしまえばいい13

*:,.:.,.*:,.:.,.*:,.:.,.。 『男爵、俺に抱かれる覚悟をしたみたいだね。それが顔に出ているよ』 「…………」  唇だけじゃなく、額や頬にもたくさんキスを落とされた。かなりくすぐったかったが、奥歯を噛みしめて嫌悪感をやり過ごす。目の前に伯爵がいなければ、シーツで拭い去りたい気分だった。 『声が出ないように歯を食いしばっているようだが、躰は正直に反応してる。分かるだろう?』 「んっ!」  言いながら、触れてほしくない部分を指先でイヤラしくなぞられたせいで、思わず腰が跳ねてしまった。ワインの酔いのせいで、いつも以上に敏感になっていることを思い知らされる。 『君のはじめてを奪う俺の高揚する気持ち、伝わるといいな。男爵が忘れないように、その身に刻んであげよう』  薄暗い部屋の明かりを受けた伯爵の顔が、幽霊や魔物の類に見える。そのせいで抵抗する腕の力だけじゃなく、普通に呼吸することすらままならなくて、頭の芯が痺れはじめた。  酸素の足りない脳では、正常な判断ができずにいるのに、肌に這わされる舌や指が僕の感じる部分を探り当てようと、丹念に動くたびに、理性を放り出したくて堪らなくなる。 「アーサー卿…もっ、おやめくださ、ぃっ、ううっ!」  下半身に直に受ける、何とも表現しがたい圧迫感や苦しさから逃げようと、両足をジタバタさせるのが精いっぱいで――。 「ぁあ、ああっ!」  だがこの苦痛のお蔭で、自分の中にある理性を手放すことはなかった。最後の最後まで、抵抗する気持ちを持ち続けることができた。  そんな僕の姿に興醒めしたのか、アーサー卿は絶頂するなり部屋を出て行った。きっと、つまらない玩具と思われたに違いない。 「ローランド様っ? ローランド様、大丈夫でございますか?」  大きく揺さぶられる衝撃で、思い出したくない悪夢の中から意識を取り戻した。 「ローランド様――」 「僕は……、あれ?」  車の後部座席に座って、シートベルトを締めた状態でいる自分の状況に、思考がやっと追いつく。何の気なしに窓の外を見たら、あと30分ほどで屋敷に到着する位置だということを把握した。 「随分うなされていたようですが、ご気分はどうでしょう?」 「二日酔いからくる、頭痛が少しあるだけだ。ベニーだって疲れているのに、僕のせいでこんなところで足止めさせて悪かった」  こめかみに手を当てながら首を横に振ってみたが、頭痛はとれるはずもなく、余計に酷くなる。 「とんでもございません。鎮痛薬を今すぐご用意いたしますので、少々お待ちください」  薬を持ち歩いていることに、執事としての有能さを感じつつ、彼がいなくなった場合を想像してみて、ゾッとしてしまった。  何から何までベニーに頼りすぎている、自分の無能さを噛みしめる。 「質素な紙コップで水をお渡しすることになり、大変申し訳ございません」 「かまわない。ありがたくいただくとする」  鎮痛剤と水の入った紙コップを受け取り、すぐさま薬を服用した。 「ベニーがいないと、僕はただの役立たずに成り下がる」 「そんなことはございません。ローランド様は私を助けてくださった、唯一無二の恩人でございます」  残っていた水をすべて飲み干すと、ベニーの手により自動的にゴミが回収された。 「僕は自分なりに夢を見ていたのに、現実は残酷だな……」 「夢?」 「ああ。好きな人に触れてドキドキしながら、相手を抱くことを夢見ていたのに、そんな幻想をぶち壊された。僕のはじめてを、アーサー卿に奪われてしまった」 「ローランド様は覚えていらっしゃらないと思いますが、ファーストキスは私とかわしたのですよ」  落ち込む僕を励ますような声色に聞こえたのは、気のせいなんかじゃない。瞬きをしながらベニーを見たら、優しく微笑んでいた。 「えっ? 記憶にないが……」 「私が奥様のお見舞いに、お屋敷を訪れていた頃ですから、ローランド様はまだお小さかったでしょうね」 (そういえば母様が亡くなる少し前、ベニーはよく屋敷に顔を出していたっけ。小さい僕に逢うたびに「大きくなりましたね」と言って褒めてくれるものだから、嬉しくてたまらなかったんだ) 「僕の小さい頃なら、記憶にないのは当然だな」 「お見舞いに顔を出した私に、ローランド様が足元に向かって突進されたんです。そのまま抱き上げると、いきなり唇を奪われました」  ベニーは言いながら白手袋をはめた右手人差し指で、自分の唇にそっと触れた。口角の上がった目の前の様子とさきほどのセリフで、嬉しさがひしひしと伝わってくる。 「まったく。何を考えて、ベニーにキスしたんだろう」  小さかった僕はきっと、大きくなったことを褒めるベニーに、感謝の気持ちを込めてキスしたに違いない。 「ふふっ、大変可愛らしいキスでございました。そろそろ出発いたしますね」  小さく頭を下げてから腰を引いて車外に出たのを確認後、ベニーに聞こえないくらいの声で呟いてみる。 「ファーストキスの相手が、お前でよかった……」  口から漏れ出た本音は、ドアを閉める音でかき消される。  小さな頃のことなれど、すべてを伯爵に奪われなくてよかったと、強く思わずにはいられない。  少しだけ左袖をまくってみたら、腕の内側に吸われたような小さな痕があった。昨夜のことを思い起こさせる痕はここだけじゃなく、躰のあちこちにつけられていた。  それは僕を苦しませ、忘れさせないようにするためにつけられたのか。あるいは、伯爵の所有物の印なのかは分からない。 「くそっ、なんでこんなもの――」  抵抗できない地位にいる自分の立場を、酷くもどかしく感じて、下唇を噛みしめる。  そんなマイナスな感情に支配される惨めな僕を、一心に見つめる視線があるのを知らなかった。  後部座席に蹲るように座り、沈みきったエメラルドグリーンの瞳を目の当たりにしたベニーが、両手の拳をぎゅっと握りしめているなんて――。

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