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抗うことのできない恋ならば、いっそこの手で壊してしまえばいい18
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予定の時刻になっても帰宅しないローランドの身を案じて、ベニーは何度も懐中時計を確認してしまった。
日暮れまでには帰ると公言していただけに、何かあったのではないかと心配になり、玄関を行ったり来たりした。しまいには扉を開けて、外を確認してしまう始末。やらなければならない仕事を手に抱えた状態のまま、そんなことをしているせいで、当然遅々として進まない。
(頼まれていた仕事の進捗具合を見て、ローランド様は間違いなく叱るであろう。それが分かっているに、玄関から離れることができないなんて……)
俯きながら大きなため息をついた瞬間、外から聞き慣れたエンジン音を素早く聞きとった。手にしていた書類を放り投げて、すぐに表に駆け出したかったが、ぞんざいに扱うわけにもいかない。
出窓に立てかける形で置いてから、身を翻して外に飛び出した。
「ただいま、ベニー」
疲れた躰を引きずるような感じで運転席から降り立つ、ローランドのもとに駆け寄る。
「お帰りなさいませ。ゼンデン子爵のお屋敷で、何かあったのでしょうか?」
今日立ち寄るところで遅くなるであろう原因を瞬時に考えたとき、引き継ぎをおこなうため事前に連絡をしていた、ゼンデン子爵の屋敷が一番濃厚だった。
「ゼンデン子爵の屋敷には行ってない。アーサー卿に待ち伏せされてしまったから」
「え? 伯爵がどこで、待ち伏せしていたのですか?」
「茶畑。この間のことを謝るために2時間、何もないところでひとりきりで待っていた。呆れて物が言えなかった」
運転席のドアを閉めてから後部座席のドアを開ける、ローランドの視線の先を追ってみる。段ボール箱が3つ、積み込まれていた。
「茶畑から車で10分くらいのところに、アーサー卿の別荘があるんだけど、引き継ぎに使うものがゼンデン子爵の屋敷から既に運ばれていたんだ」
「用意周到ですね」
「ああ。ゼンデン子爵の執事に電話したときには、そんなこと一言も告げられなかったし。僕が連絡したあとに、荷物を移動したのか」
「あるいは、伯爵が口止めしたのかもしれません」
ベニーの言葉を聞きながら、腰を曲げて車内に躰を潜り込ませたローランドの動きで、ふとそれが香ってきた。サンダルウッドとムスクを足したその香りは、伯爵が使っている香水のそれだった。
認識したくないその香りがローランドからしていることに、ベニーは思いきり戸惑った。
(伯爵の別荘で、何かあったのではないだろうか。だから帰りが遅くなって……)
「ベニー悪いが、残りのふたつを屋敷に運んでくれないか?」
両腕に大きな箱を抱えたローランドの手から、無言で段ボールを奪取した。
「ベニー?」
らしくないベニーの行動に、ローランドが何度も瞬きをして顔を見つめる。その視線に耐えきれなくて、避けるように横を向きながら口を開いた。
「このような雑務は、私がやります。ローランド様はお疲れでしょうし、食事の前にお風呂に入られたほうが――」
「ひとりでやるよりも、ふたりで運んだほうが早く終わると思ったのに」
「私は嫌なんです! 貴方様から、あのお方の香りがするのを――」
「香り?」
ベニーの言葉を受けて、はじめて自分の匂いを確認するローランドに、苛立ちが増していく。匂いの上書きをしようと、抱きしめたい衝動に激しく駆られた。段ボールを抱えていて良かったと、思わずにはいられない。
着ている衣類に顔を近づけて、ひとしきり匂いを確かめていたローランドが、首を横に振りながら語りかける。
「よく分からないが、アーサー卿とは何もなかった。あの夜のことを詫びたくらいだ、僕にはもう手を出さないと思う」
「ですが……」
「くどいぞ、神経質になりすぎるな。ほら、段ボールを運んでくれ。早く休みたいんだから」
「畏まりました」
自分の中に渦巻くどす黒い感情や、伯爵と何かあったのではないかという疑問を必死になって押し殺し、ローランドの命令どおりに、執事として忠実に働いたのだった。
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