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抗うことのできない恋ならば、いっそこの手で壊してしまえばいい19

*:,.:.,.*:,.:.,.*:,.:.,.。  保管されている残りの資料を取りに行ってくれと、ローランドから命令されたベニーは、ハンドルを握りしめてアーサー卿の別荘を目指していた。 『すべて持ち出さなくていいように、全部で8個厳選しておいた。箱の右隅にRの印を付けてある。伯爵の細工をさけるために、とても小さな文字で書いてあるから、確認して運び出すように。あとはお前の目で見て、必要なものを持ち帰るように』 (昨日は資料を選ぶため、ローランド様は帰宅が遅くなったというのに、伯爵の別荘に行ったという事実にとらわれて、いらない嫉妬に駆られてしまった)  内心昨夜のおこないを反省しつつ、気を引き締める。向かう先が厄介な相手だけに、これ以上の失態は許されなかった。  あらかじめローランドに書いてもらった地図を見て運転していたが、途中からそれが必要なくなる。別荘と呼ぶには似つかわしくないくらいに大きな屋敷だったため、遠くからでもそれがよく分かったからだった。 「遠路はるばる、ようこそ執事殿。って、やはり男爵は不在だったか」  荷物の運び出しをする関係で、屋敷の正面に車を停めず、裏に駐車したというのに、伯爵がわざわざ勝手口から出てきた。  愛想笑いを浮かべながら車から降り立つベニーを見て、あからさまに落胆した表情の伯爵に向かって口を開く。 「お出迎えありがとうございます。電話では私だけが、こちらにお伺いすることを伝えていたのですが?」 「ああ、それは聞いていたけどね。男爵はシャイだから、隠れてやって来るかと思ったんだ」 「昨日の今日で、何度もこちらに顔を出す暇がございません。地元での会合に、出席の予定がありますし」  ぺこりと深く頭を下げて、一応詫びをいれる。 「男爵は昨日のこと、何か言ってた?」 「昨日のこととは?」  頭をあげて顔を見つめると、伯爵は蒼い瞳を細めて唇に微笑みをたたえた。意味ありげなその笑みに、嫌な予感が胸の中をよぎる。 「何も聞いていないのなら別にいい。このまま、ゼンデン子爵の資料がある部屋に案内する。ついて来てくれ」  伯爵はベニーの質問を受けつけない感じで身を翻し、さっさと屋敷の中に入ってしまった。 (やはり昨日、ローランド様と伯爵との間に、何かあったのだろうか――)  ベニーは自分の中にある不安を悟られぬように、あえてにこやかな表情を作った。白手袋をつけた両手をぎゅっと握りしめながら感情を押し殺し、伯爵のあとを追う。 「男爵の仕事の熱心さを昨日は目の当たりにして、舌を巻いてしまった。見習わなくてはいけないね」  チラッとこちらを振り返りながら様子を窺う伯爵に、ベニーは口角をあげて微笑みかけた。 「あまりに熱心にお仕事をされるものですから、休憩を入れるのも一苦労させられている次第です」  執事としての苦労を口にした途端に、伯爵の顔が訝しいものに変わった。 「執事殿らしくない切り返しだな。俺に弱みを見せるなんて」 「ローランド様はああ見えて気難しい方なので、扱いに注意していただきたく、口にしたまでなのですが」 「気になっているんだろう? 俺とローランドの間に何かあったって」  伯爵はベニーの核心を突くひとことを告げて立ち止まると、質素な扉の前に佇んだ。ベニーは伯爵に飛びかかって追求したい気持ちを断ち切るように、首を横に振ってやり過ごした。 「伯爵、この扉のむこうに資料があるのですね? 時間がないので、先に失礼させていただきます」  軽く一礼をしてから伯爵の前に出て、ドアノブを掴んだ瞬間だった。 「ローランドに気持ちを告げた。好きすぎてどうしていいか分からないと、彼を抱きしめながら言ってやった」 「つっ!」  掴んだノブを回して中に入ればいいだけなのに、凍りついたようにそこから動くことができなかった。

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