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抗うことのできない恋ならば、いっそこの手で壊してしまえばいい26
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愛用している懐中時計をあえて見ず、車の傍で漫然と立ち尽くすベニーの傍に、庭の奥から黒塗りの高級車が向かって来た。
その車の後部座席が見える位置で、なぜかぴたりと停車する。何の気なしに顔をあげると、音のなく窓が下ろされ、見知った顔が自分を見つめた。
「伯爵……?」
アーサー卿の隣で、親しそうに肩を寄せる人物がいることに気がつき、ベニーはひゅっと息を飲む。
少しだけ濡れた朱い髪に、着ていた濃紺のスーツではなく、若草色のスーツに身を包んだローランドは、気だるげに眉根を寄せながら目を閉じていた。しかも片手は、アーサー卿の手を掴んでいるのを目の当たりにして、胸が軋むように痛んだ。
アーサー卿から掴んだように見えないのは、ローランドの左手が上から握りしめているせいだったが、それよりも――。
「伯爵これはいったい、どういうことなのでしょうか?」
「どういうことって、君が男爵に入れ知恵をしたせいで、ちょっとばかりお仕置きをしただけさ。その関係で粗相をしてしまってね、着替えさせたというわけ。はい、これ」
瞳を細めながら手渡されたものは、伯爵を貶めるためにローランドに託していた、盗聴できる金のネクタイピンだった。
「とてもいいものが録音されている。それを聞いて興奮して、自慰なんてするなよ」
「そんな……」
「男爵はこのまま、俺の車で送って行く。執事殿はせいぜい、後ろからついて来てくれたらいい。前回同様に、今回も何もできなかった自分を呪いながら、ハンドルを握ることになるがね」
ベニーが指摘されたくないことを言い放ったアーサー卿は、すぐさま窓を上げると、運転手に車を出すように命じた。
「ローランド様……」
悔しさで打ちひしがれるベニーをそのままに、黒塗りの高級車は走り去ってしまう。車を追いかけなければならないのに、その場から動くことができなかった。
アーサー卿に寄り添うローランドが、自分のもとを去って行くような錯覚に陥り、形容しがたい思いにとらわれたからだった。
(大切な人を守れないなんて、執事の前に人として失格だ……)
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