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抗うことのできない恋ならば、いっそこの手で壊してしまえばいい43

 そうして距離をとろうとしたのに、大きなベッドが伯爵の足を引っかけて、見事にそれを阻む。両腕を上げたままという無様な格好で、ベッドの上へ仰向けになったところを、ローランドは間髪入れずに颯爽と跨った。 「アーサー卿にこうして触れるのは、いつ以来でしょう?」 「ローランド、銃をおろしてくれ。た、頼む!」  両手で構えていたのを右手のみにし、無機質な銃口を喉元に突きつける。刃物で脅されているのと変わらない行為に、伯爵は恐怖に顔を凍らせた状態で、躰をぶるぶる震えさせた。 「僕をいたぶって、楽しかったですか?」 「たたたっ、楽しいわけがないだろ、そんなの!」  慌てふためく伯爵の喚き声が、薄暗い部屋の中に響いた。聞いたことのない怯えきったそれに、まったく反応することなく、ローランドは質問をぶつける。 「口ではそんなことを仰ってますが、とても楽しそうなお顔をしてましたよ」 「それは君を痛めつけると、俺のを締めつけて、気持ちよくなるから…とか」  うるさいくらいの喚き声から一転、蚊の鳴くような弱々しい声で伯爵は答える。 「では僕のをアーサー卿の中に挿れて、何らかの方法で痛めつけたら、すごく気持ちよくなれるのですね?」  ローランドは小さく笑いながら、自身の下半身をアーサー卿のモノに擦りつけた。 「ヒイィッ! なんで勃ってるんだっ」 「好きなお方にこうして跨るのですから、当然のことかと思います。アーサー卿は変わらないのですね」 「こんな状況下で、勃つわけがないだろ!」 「なんだか嘘つきの貴方を示しているみたいで、とても寂しいです」  蔑んだ瞳で見下ろされたせいで、伯爵の中にあるなにかがプツンと切れた。 「ローランド、いい加減に銃をおろしてくれ!」 「嘘つき……」 「嘘など言ってない。君を愛してる! 本当だ」 「この部屋に案内してくれた、貴方の執事が言いました。今日の午前中は来客がないから、ゆっくりしていってくださいと」 「え?」  ローランドの突きつけた言葉に、血の気がさーっと引いていく。 「それなのにアーサー卿は先ほど、来客があると仰った」 「そ、それは――」  伯爵はこの場を何とか取り繕うセリフを考えるが、右から左へと流れていくだけで、口をパクパクさせるのが精一杯だった。 「何度、僕に嘘をつくのですか? 愛してもいない相手に、どうして好きだと言えるのです!」  ローランドは、トリガーと横並びしている安全装置を指先で一緒に引き、セーフティを解除した。カチッという小さな金属音を耳にした途端に、伯爵は一気に取り乱し、上げたままにしている両腕をベッドに叩きつけながら、上擦った声で叫んだ。 「もう二度と嘘はつかない! 君に誓う!!」  涙ながらに訴える伯爵の眉間に、音もなく銃口を移動させた。 「色目を使って、僕以外の人を誘わないでください」  淡々とした口調で告げられたせいで、伯爵は全身が汗で濡れていくのを感じた。感情のこもらないローランドの声色に、底が見えない恐怖を覚える。 「わかった、わかった! 色目は使わないっ」  ローランドは了承する言葉を聞いたあとに、伯爵の耳の穴に銃を移動させる。 「この耳で、他の人の誘いを聞かないでください」 「もっ、もちろんだよ!」  今度は下唇に、冷たい銃口を押しつけた。いつ撃たれるかわからない怖さで、最高潮に躰が震える。 「この口で、愛してるなんて言わないでください」 「わかってる。君だけを愛するから!」  伯爵が答えた瞬間、ローランドの瞳が大きく見開かれる。エメラルドグリーンの中にある瞳孔も、一緒に大きくなった。 「僕は言わないでと、お願いしたのに……」  突き刺すようなまなざしを真正面から受けた伯爵の顔色は、完全に血の気を失っていた。勢いで口にしてしまった自分の言葉を、いまさら嘆き悲しんでもすでに遅しーー。 「あ……ぁあ、しまった」 「僕と逢ったときに、いつものように抱きしめてくれたら、この銃を持ってることがわかったでしょうね」  慰めに似た言葉を聞き、震える躰を律しながら伯爵が口火を切る。 「あのときはあのときで、俺なりの事情があったんだ。しょうがないだろう」 「ご自分の事情を、今ここで持ち出すのですね」  ローランドから蔑む視線を注がれて、奥歯をぎゅっと噛みしめた。動揺しているところをこれ以上見せないようにするためか、伯爵は思いきって右手で銃身を掴み、下唇からズラした。 「君から言いたいことが山ほどあるだろうが、男爵という立場を思い出すといい。伯爵の俺に銃口を向けるだけじゃなく、こうして脅すなんて、失礼を極めているんだぞ」 「退けろと仰るのですね」 「当たり前だ!」  掴んだ銃口の先を自分から逸らすべく、力を込めて少しずつ横に移動させた。伯爵とローランドでは力の差が歴然としているので、銃口をズラすこと自体は簡単だったが、いつ発射されるかわからない現状のやり取りに、伯爵の精神は次第に疲弊していく。 「このタイミングで権力をかざす、アーサー卿の愚かさは残念としか言えません」  パンっ!  鋭い銃声が響き、弾丸は金属音を伴って伯爵の顔のすぐ横に放たれた。

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