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抗うことのできない恋ならば、いっそこの手で壊してしまえばいい42
普段おこなっていることを、満面の笑みを浮かべたローランドの口から、棚に上げられる感じで指摘され、伯爵はふたたび言葉に詰まった。
「自分はよくて、僕は駄目だという道理はあるのですか?」
「男爵と逢えなかった日々は、誰も相手にしていない。本当だ」
嘘か真かわからない伯爵のセリフに、ローランドは唇に湛えていた笑みを消す。黙ったままネクタイに手をやり、手際よく外して床に放り投げた。
「だったら、その証拠を見せてください。アーサー卿」
あからさまに挑発する行為を見て、伯爵は次の手をすぐさま考える。
肉体関係を結んでからというもの、恥ずかしそうに顔を俯かせて、誘うことを一切しなかった彼が、今は積極的に自分を誘う姿に、違和感を覚えずにはいられなかった。
「男爵悪いが、今日のところはお引き取り願うよ。もうすぐ仕事の相手が、ここにやって来てしまうんだ」
見えないなにかを回避しなければと、当たり障りのないことを告げてみた。
「そのお方は、女性でしょうか」
「仕事だと言ったろう。女性ではないから安心してくれ」
「男性だとしても、伯爵は相手にすることができるじゃないですか。僕のように……」
ローランドは挑むような視線を飛ばしながら、ワイシャツのボタンを外しはじめる。
「参ったね、どうしたら君を納得させられ――っ!」
胸元までボタンを外したローランドが、左半身を見せつけるように、ワイシャツを大きく開けさせた。華奢な鎖骨の下に、はっきりとつけられた大きな赤い痕を見て、伯爵はひゅっと息を飲む。
雪のように白い肌につけられた、赤い花という淫靡な痕跡――自分を落とすために、故意につけられた痕だとは知らず、目の前に突きつけられた事実を、伯爵はあっさり信じた。
「だ、男爵……。それ、は、本当に…執事殿がっ」
「アーサー卿はご存知でしょう。ベニーは、僕のことを愛してます。僕が喘ぎながら、手淫でいやらしく慰めている姿に、我慢できなかったのでしょう。その想いをぶつけるように抱かれました。長い髪を振り乱しながら、僕の中をぐちゃぐちゃにかき乱し、ここに顔を埋めてイったのです。この痕がなによりの証拠」
「そん、な……」
「綺麗な顔に似合わず、ベニーのモノは太くて大きかったですよ。僕の感じる部分にうまく擦りつけながら、ここぞとばかりに奥を突いてくれるんです。あまりの気持ちよさに、あられもない声を出しながら、何度もイカされちゃいました」
そのときのことを思い出しているのか、ローランドはつけられた赤い痕を指先でなぞりながら、照れたように微笑む。
「…………」
伯爵の視線は、ローランドにつけられた大きな痕に、ずっと釘づけだった。目を逸らせないくらいに、大きくはっきりと示されている抱かれたあとに、胸の中にしまっているローランドへの独占欲が湧きあがった。
「ベニーは男娼出身ということもあって、抱かれる側の気持ちがよくわかるのでしょうね。キスひとつとっても、すごく気持ちがいいのです。口を使って自分のモノを愛撫されるときは、それはもう」
「俺と執事殿を比べて、とても楽しそうだね男爵」
「僕としては楽しい話をしてるつもりは、一切ございません。好きでもない男に抱かれて、自らの性欲を満たしているだけの話です」
「だったら――」
伯爵は苛立ちまかせに靴音を立ててローランドに近づき、細い手首を荒々しく掴んで、ベッドのある扉に向かった。
「アーサー卿……」
ローランドの呼びかけを無視して、大急ぎで扉の鍵を開ける。カシャンという金属音がするなり、ローランドは薄暗い部屋へと手荒に連れられた。その顔には、なんとも言えない笑みがこぼれる。
「男爵の躰に残ってる執事殿の痕跡を、今すぐ俺の手で消してやろう」
伯爵がベッドに引っ張り込む直前に、ローランドは掴まれている腕を無理やり振りほどいた。
「男爵?」
ここに来て抵抗されるとは思わなかったので、伯爵は啞然としながら話しかけた。
「ここでお逢いしてから、どうして僕の名を呼んではくださらないのですか?」
「あ……」
「それだけじゃない。貴方は空いてるその腕で、一度も僕を抱きしめてはくれなかった」
「気分を害したのなら謝る、済まなかった。いいわけになってしまうが、君を抱きしめてしまったら、理性を保てなくなりそうで怖かったんだ。俺はこれから、妻と子を持つ身。だから……」
「子どもができただけで、保守的になるんですね。遊び人の貴方らしくない」
「遊び人なんて、ひどい言い草じゃないか。男爵のことは、本気で恋をしていたのに」
しょんぼりした表情でローランドを見つめる伯爵に、寂しげな冷笑を頬に浮かべた。
「『恋をしていた』という、過去形になさるとは。じわじわとそうして距離をとられる僕の気持ちが、アーサー卿にはわからないのでしょうね」
沈んだ声で告げながら、内ポケットから『それ』を取り出した。
「だっ、男爵、いやローランド、待て、落ち着け!」
「僕はいつだって落ち着いてました。取り乱されているのはアーサー卿、貴方のほうです」
「手にしている物をしまってくれ。これじゃあ落ち着いて、話なんてできやしないじゃないか」
「グロック19。オートマ式の銃で、国王軍も愛用しているくらいに精度の高いものですけど、そんな説明をしなくても、アーサー卿ならご存知ですよね」
花が咲いたような笑みを見せつけながら、両手で銃をかまえる。狙われた伯爵は両手を上げつつ、後退りするしかなかった。
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