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プロローグ
情報屋の朝は優雅なものだ。まるで、洋画のワンシーンを見ているかのような、それはそれはもう耽美な絵面であろう。あぁ、きっと、絶対に、そうに決まっている。
愛する彼女が作ってくれた朝食を食べ終え、砂糖とミルク抜きのホットコーヒーを飲みながら、私――日笠 千景 は今日一日の行動予定を頭のなかで整理する。
今日はこれから、ひとり目の情報提供者 に会い、某国会議員の愛人とされる3人の女についての調査報告を受ける。その後、車で都心を離れ、某近隣国の新聞記者である上客と接触し、先日兜町で仕入れた株に関するとある情報を売る。それから一旦、御茶ノ水にある事務所へ向かい、仕事仲間でもある彼女から、都内のセキュリティー会社へのハッキング結果を聞き、内容次第では彼女を手伝うか、再び外に出るかを決める。後者なら鶯谷のソープランドでアホ面を晒しているであろう詐欺師の頬を、札束ではなく某貴金属店のセキュリティーマップで往復ビンタしてやる予定だ。非常に、とても、たまらなく昂ぶる。
そして夜には、新宿で情報提供者になり得る人物に接近し、こちらの手札をちらつかせ、一気に引きずりこむ。この男を掌握できれば、警視庁周りの情報が手厚くなるのは間違いない。私たちの客の口から、よだれが溢れて止まらないことになるだろう。
流石は私、東京イチの情報屋だ。クールでビューティー、スマート・アンド・インテリジェンス。スウィートかつビター、そしてスパイシー・ウィズ・セクシー、スーパーハイパーウルトラパーフェクトウーマン。世の男も女もオカマも皆、私に平伏すに違いない。
あまりにも凄すぎる自分自身にびっくり! 足りないのはバストだけ! 新宿から自宅に戻ったら、彼女と晩酌しながら今日の偉業を高らかに語ろうではないか! アーハッハッハッハッハッハッ……
ネイビーのテーパードパンツを履いた脚を組み、淡い湯気と豊かなアロマが立つコーヒーを典雅に啜る。その時、手元のスマートフォンがチンチロリンと鳴った。視線をやれば……バカ兄貴のカレシからの着信だった。
私はマグカップを右手に持ったまま、余裕たっぷりに電話に出る。
「もしもし、紗月 くん? おはよう」
脚を組み直し、マグカップに口づける。
「ちーちゃん、どうしよぉ! カズくんが赤ちゃんになったまま、戻んなくなっちゃった!」
怪獣の破壊光線のごとく、コーヒーを噴き出した。
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