8 / 8

ラブストーリーは何とかかんとか2

「カズくんと出逢う前、俺はお金持ちの愛人だったんだ」 あれは沙月くんの勤め先である丸の内のカフェで、彼とふたりで食事をした時のことだ。 食後のコーヒーを飲みながら、沙月くんはこちらが何も訊いてもいないのに、唐突に懐かしげに語り出したのだ。 「都内に何個も会社を持ってて、羽振りが良くて豪快で、見栄っ張りだけどそういうところが可愛くて、駄目だと分かっていても長年、不倫関係を続けてた。俺さ、本当にバカでどうしようもなくて、相手に騙されててさ……奥さんへの愛情はない。時を見て別れるっていう言葉を信じて、ずっと待ってたんだ」 「典型的な駄目男に捕まってたのね」 私はショートケーキを食べながら「いるいる、そういう人」と苦笑した。そうやってドロ沼にはまって抜け出せなくなる人間は、よくいる。私にふしだらな女性関係を弱みとして握られている人的資源(アセット)は多かった。 沙月くんは苦笑しながらも話を続けた。 「ある日、『今日は妻がいないから』って言われて、初めて自宅に招待されて……でも次の日、目が覚めたら身ぐるみを剥がされた状態で、ベッドに縛りつけられていて。そこに、カズくんたちが押し入ってきたんだ」 SMプレイで用いる麻縄でベッドに拘束された沙月くんは、状況が理解できずにいた。一緒に眠っていたはずの男性の姿はなく、寝室にあった金目のものはすべてなくなった状態だった。 胃の底から冷えるほどの嫌な予感がし、拘束具を外そうと暴れているところに、寝室の外から怒号と荒々しい足音が聞こえてきて、沙月くんは恐怖で固まったという。 そして、寝室に押し入ってきた兄貴とそのアニキも沙月くんの姿を目にし、妖しくて怪しいプレイの最中かと勘違いしたのか、目をひん剥いて凝然としていたそうだ。 「――あの時のカズくん、まるで不動明王像みたいな迫力があったなぁ……」 「そんなに神々しいものかなぁ」 明らかに怖い職業の方々だと分かっていても、薄々状況を把握してきた沙月くんは、兄貴たちに助けを求め、縄を解かれ、ベッドの下に落ちていたバスローブを着せられた。その際、兄貴はベッドサイドに置かれたメモを見つけると、アニキとふたりでそれを読み上げ、まなじりを決したのだった。 『私の借金は、そこの男を売った金で完済として頂きたく云々……――』 「ふっざけんな、あのぽんぽこオヤジがァッ!」

ともだちにシェアしよう!