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第1話

10月も半ばの肌寒い朝だった。 署へ向かうはずだった身体は、とあるビルの一角に向けられている。佐渡譲(さわたりゆずる)は怪訝そうな表情で階段を上り始めた。朝が弱い譲は、眉間を抑えながらゆっくり歩を進める。 そこは、築50年程の年季が入った建物で、エレベーターもない。薄暗いビル内はカビが生えたような据えた臭いが充満していた。目的の3階に着いた時は、既に鑑識は到着しており、現場検証と検視も殆ど終わっていた。 「佐渡、おっせえよ」 姿を現した途端、山上の怒号が飛んだ。山上は譲の属する刑事課のホープである。 「すみません……」 譲は肩を竦めて申し訳なさそうに謝った。遅刻した新米刑事に上司が怒るのは無理もなく、それよりもイライラする理由が山上にはあった。 「とにかく、現場を目に焼き付けておけ。細かいことまで見逃すなよ」 「はい」 小言を二つ三つ覚悟していた譲は、何も言われなかったので拍子抜けする。早々に解放されて、譲は興味深く辺りを見回した。 それにしても、異様な現場だ。 刑事になって1年にも満たないので殺人現場は数える程度しか見たことがない。経験が浅い譲でも、ここには鳥肌が立つような不気味さが漂っていた。 先ず、目につくのは遺体である。検視官の見立ては、恐らく中毒死であるということだった。30代くらいの男性が仰向けで横たわり、傍らにはカボチャ……いわゆるジャックオーランタンを模した被り物が転がっていた。吐瀉物で汚れているところから、死の直前まで被っていたようだ。 「ハロウィン……ですかね」 譲は、自分には全く関係の無い行事を呟いてみた。ハロウィンなんてやったこともない。 それにこの20畳ぐらいある事務所スペースには、所狭しと装飾が施してあった。オレンジと黒のコウモリやお化けで視界がチカチカする。おまけに呪いでも行うかのような円台にはこれでもかとオレンジカボチャが並べられていた。イベントごとに疎い譲でも悪趣味さに身震いがする。こんなところで殺されるとは、被害者も気の毒だ。カボチャの呪いだろうか。 「ハッピーハロウィンがアンハッピーになったな。間もなく詳しい身元が分かるだろう。俺たちの名誉挽回のため、何としても犯人を捕まえなくてはならない。これは使命だ」 「承知してます」 面倒くさいことになったものだと、譲は辟易していた。刑事という仕事は、テレビドラマのようなかっこ良さが1割で、あとは地道な努力しかない。志願したので、なんとかして大成したいと思っていたが、男同士のいがみ合いや嫉妬に嫌気が刺していたのも事実だった。 検死に回されるため、遺体が運ばれていく。見守りながら、譲は小さく合掌した。

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