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第2話
『被害者、大林哲夫42歳は株式会社オオバヤシの経営者。未婚で家族はなし。3歳年上の姉が1人。両親は他界してます。第一発見者はビルの持ち主。来月取り壊し予定で、入居者は全て退去済みだったそうです』
署に帰ると早速捜査会議が開かれた。人が殺されたにもかかわらず、会議には山上と譲を含む6人程しか参加していない。だが、その光景に疑問を持つ者もいなかった。黙々と被害者の情報を手帳へ書き写している。
実は譲の勤める署管内で、連続誘拐殺人があり、世間的に大きな注目を浴びていた。様々なところから精鋭が掻き集められ、犯人探しに躍起になっている。そこで指揮を執っていた警視庁のお偉いさんに、山上が捜査方法で異論を唱えたのが事の始まりだ。
たちまち山上班は捜査から外された。真面目な性格から、お偉いさんの固い考えが合わず、正論を述べてしまった山上を、気の毒だと周囲は思っている。だが、振り回される部下達はたまったもんではなかった。
必然的に、こちらへ人員は割いてもらえない。
主要事件からは遠のいてしまい『ハロウィン殺人事件』が山上班の新たな課題となった。
なんとしても犯人を捕まえたいという山上の熱意がひしひしと伝わってくる。足でまといにならないようにと、譲が自らの気を引き締めた時だった。
「あの……山上班はこちらでよろしかったでしょうか……」
とある男が室内へ入ってきたのである。
シルバーフレームの眼鏡に、スラリとした長身は知的さを感じさせるものだった。今まで見たことのない刑事のタイプだと譲は感じた。地を這う雑草ではなく、温室に咲く蘭のようであり、生活臭が全くない。
「お待ちしてました。こちらは県警から応援に来てくださった直木警視だ」
「直木です、よろしく」
山上の紹介に軽く頭を下げた後、スマートな所作で直木は譲の隣に座った。要は暴走しないようにという、山上班のお目付け役だ。
年齢は28歳になる譲より幾分か年上だが、階級は3つも上だ。いわゆるキャリアである人を初めて近くに感じたので、譲は驚きを隠せなかった。
直木は違和感無く会議に溶け込み、まるで最初からいたかのように存在感を消している。譲は、頭が賢く油断できない人に違いないと直感で身体を強ばらせた。
「では、3つに別れて情報収集を行いたい。佐渡は、俺と行くか」
譲のバディは山上である。新人だからでもあるが、山上と共に行動すると勉強になることが多い。何より安心できた。
譲が軽く頷くと、隣にいた直木が口を開いた。
「あの、私が佐渡君と組んでも構いませんか?」
「え、佐渡……ですか?」
「ええ。この彼です」
『この彼』と名指しされた譲は、ロボットのように動作がぎこちなくなる。
「佐渡は新人です。捜査の足を引っ張るかもしれません。それで直木警視が良ければ構いませんが……」
「私は全然構いません」
「では……直木警視は佐渡とお願いします。俺は菊池と行こうか。捜査状況や新しい情報は逐一俺へ報告してほしい。集めた情報は俺からも発信する。前から言っているように共有が1番大切だ。直木警視もよろしくお願いします」
軽い返事をして、散り散りに外出準備を始めた。
「佐渡君、よろしくね」
「は、はい……よろしくお願いします」
譲は出された手に自分の手を重ね、軽く握手をした。何が楽しくて新人の俺を指名したのか、理解ができず肩を竦めたのだった。
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