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第3話
譲が直木とバディを組んでから、2週間が経つ。
被害者大林哲夫は殺されるべくして殺されたようだ。調べれば調べるほど、納得のいく埃が大量に落ちてくる。
大林は、少女相手に詐欺まがいのデートクラブをアンダーグラウンドで運営していた。未成年をそのような所で働かせること自体違法だし、彼女たちに払う賃金も手数料という名のマージンを大幅に差し引いて、かなり儲けていた。
「よくもまあ……こんな悪事を働くことができるものだね。恨みだらけだ。犯人像が段々見えてきたと思うけど、佐渡はどう思う?」
直木はため息をついて、譲へ意見を求めた。
大林の死因はヒ素による中毒死だった。
ジャックオーランタンの被り物を被っていた時に飲んだワインにヒ素が混入していた。多分、本人は相当気分よく浮かれていたに違いない。あんな間抜けな死に方、譲はごめんだった。
「そうですね。誰が殺してもおかしくない状況で、かえって容疑者が絞れません」
「決めつけるのが1番良くない。客観的に物事を見るんだ。絞れないなら消去法でやってみるといい」
「消去法ですか」
そうか、と譲は手帳に名前を書き始める。怪しいと思っていたが、決定的ではない人物を羅列すると、優に20人は超えた。
その人選を見て、直木は良い意味で唸った。
「佐渡は飲み込みがいい。後は、もう少し威圧感が欲しいと俺は思うが」
「すみません。それはなかなかできなくて……」
「刑事がにこにこしてては駄目なんだ。せめて表情を固く、厳しいものにしないと」
さっきも女子高生から散々馬鹿にされ上から目線であしらわれた。見かねた直木にバトンタッチした途端、気になる証言を引き出すことができたのである。どちらかと言えば可愛い見た目の譲は、実年齢より幼く見られがちだった。
直木は、思ったよりも面倒見は悪くなかった。優しくは無いが、放ったらかしでもない。ちゃんと譲を見守りながら、捜査を主導した。
頭ごなしに否定もしない。譲の声を無視せず、時には噛み砕くように説明もしてくれた。
2週間、共に行動した譲は、すっかり直木に心酔していた。あんなに山上を恋しく思っていたくせに、今では直木を尊敬している。
そして、譲の心の中には憧れから派生した恋心が芽生えていた。本人は気付いていないが、いつも直木を目で追いかけている。常に緊張しているからと思っていた動悸も、実は恋心故の心身反応であるが、本人の自覚は全くない。
「だけどね、大林もこんなことを1人でやっていた訳ではないと思うんだ」
「共同経営者がいる、とか」
「そう。それ」
「さっきの女子高生は、デートクラブにもう1人オヤジが居たって言ってました」
「そいつの素性が分かれば大きく進展するんだが……明日から聞き込みしないと進まないだろう」
「真実までは遠いですね。山上さん達も行き詰まっているようだし、俺は早く解決したくてしょうがないです。あの現場を早く忘れたい」
直木は難しい表情の譲をポンと軽く叩いた。
「焦りは真実も嘘も全てを見失ってしまうからやめろ。先ずは深呼吸だ」
「分かってます。でも今でもオレンジと黒と紫を見ると、嫌でも思い出してしまうんです。気味が悪い」
「あれはな……俺もあまり好きではない。かなり悪趣味な現場だ」
「ですよね。同じくです」
「俺と佐渡は感性が似てるのかもしれないな」
眼鏡の奥にある冷静な瞳が笑ったので、譲はとても嬉しくなった。
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