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第4話
直木は、計算違いに頭を抱えていた。
元々山上班を監視するようにという上からの命令で応援業務に就いた。捜査は二の次で、班内の状況を監視するのが任務であった。1番経験の浅い譲と組んだのも、彼を通したほうが人間関係を築き容易かったからだ。
それに、譲は刑事に似つかわしくない雰囲気でぼんやりしているため、直木が少々怪しい行動をとっても疑われないという利点もあった。
期間は半分過ぎ、あと15日程で警視庁へ戻らなければならない。
噂で聞くほど山上も班員も悪くはなかった。寧ろ、扱いようによっては、今の何倍も働くであろう。逐一班長へ報告もするし、事件に対する入れ込みもその辺にいる刑事より真剣だった。
何より山上自身がキレ者であった。彼を中心に羨ましいくらい団結している。
そう報告して警視庁へ戻れば、直木の任務は終了する予定であった。『あった』と過去形なのは、去りたくない理由ができたからである。
「直木さん、何か考え事ですか?」
昨日の続きで、共同経営者を捜査している途中だった。死んだ大林の金の流れを調べるため、メインバンク以外に奴がいくつも持っていた口座の銀行を、片っ端から当たっている。
「いや、大林はこんなに口座を持っていて、目くらましのつもりだったのかと呆れてね」
考え事とは違うことを口にすると、譲が難しい表情で同意した。
「税金対策でしょう。まさかあんな形で自分が殺されるとは思っていなかったみたいですし」
刑事ではなく、サラリーマンといってもおかしくないような可愛い顔つきの譲を、直木は複雑な思いで眺めていた。
直木が帰りたくない理由は譲である。
最初は新人教育のつもりで相手をしていた。新人は手間がかかるので好きではないが、しょうがないと思っていた。
それに、警視庁には譲のような新人は存在しない。みんな高いプライドを全身にまとったような嫌味な奴ばかりだ。
譲は山上のことを、ものすごく尊敬している。
見ているだけですぐに分かったし、実際に山上がどれだけ好きか、目の前で雄弁に語られた。
それがとても気に食わなかったのだ。
自分に向かない関心は無理矢理にでもこちらへ向けたいという、子供の心理に似ていた。湧いた感情の理由は今となっては解らないが、直木の心は動いた。
直木は自分が可能な限り、譲の相手をした。山上に負けたくない一心で、手ぐすね引いた譲の関心は、こちらへ向いたかのように思われた。いかんせん譲との時間は浅く、心は許しても信頼を得るには月日が足りない。子犬のように無邪気な譲は、いつしか直木の癒しの存在になっていたのだ。
殺伐とした男社会で、置いていかれないよう常に気を張って生きてきた。相手に手の内を見透かされたら最後、下へと転落してしまう。
しょうがなく受けた任務に、思わぬ宝ものが落ちていた。憎たらしいが、部長に感謝せねばなるまいと直木は譲を見ながら思うのだった。
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