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第1―23話

羽鳥はスマホを掴むと「ちょっと失礼します」と言って、ダイニングから扉を隔てた玄関先の廊下に出て行った。 「はい、羽鳥です」 『羽鳥、お前今何処にいる!?』 「担当作家の資料集めに外出しています」 『そうか…』 桐嶋が深いため息を吐く。 『実は俺達が翔子ママ達と会っている動画と画像を横澤が誰かに見せられたらしい。 横澤はそれの噂を真に受けて…俺の家から出て行った。 高野の家にいるかと思ったが、高野の所にはいない。 横澤の実家は丸川に出勤出来る距離じゃない。 実家に帰ってはいない筈だ。 お前何か知らないか?』 「知りません」 羽鳥の冷たいとも言える冷静な物言いに、桐嶋の頭に血が昇る。 「羽鳥!横澤は俺と日和の為に身を引いたんだぞ!」 「でもそれもホワイトデーまでです」 『……なに?』 「ホワイトデーまであと数日です。 ホワイトデーになりさえすれば真相を話せます。 桐嶋さんは横澤さんの愛情が、たった数日で無くなるような軽いものだと思いますか?」 『思ってねーよ!!』 桐嶋が絶叫する。 『だけどな横澤は傷ついてる! 俺は爪の先程の傷だって横澤を傷つけたくない! お前だって分かるだろう!? お前は吉野さんがあの動画や画像を見て、傷ついて、それでもお前の為に身を引いても、ホワイトデーまでなんて呑気な事を言えるのか!?』 「言えません。 でもこれは仕事が絡んでいます。 桐嶋さんも高野さんから井坂さんの計画を聞かれたでしょう? 俺達は井坂さんが計画している仕事をやるしかないんです」 桐嶋がハッと息を吐く。 『軽蔑したよ、羽鳥。 俺は横澤と仕事を天秤にかけるような事は出来ない。 お前の吉野さんに対する愛情って、そんなもんなんだな』 「桐嶋さん、俺を軽蔑してくれて構いません。 その代わり冷静になって聞いて下さい。 高野さんからブックスまりもの雪名くんの話を聞きましたか?」 『雪名くん? 丸川に流れてる噂は聞いたが』 「うちの木佐が動画と画像の件を雪名くんに確認しました。 雪名くんはあれはアルバイトで、契約に関わるから内容は言えないって答えました。 版権に関わるとも」 『それじゃあ…』 「木佐に、つまりこの動画と画像は仕事だと思っていいのかと訊かれた高野さんは『雪名くんは嘘は言ってない』と答えました。 俺はその話を横澤さんに話します。 横澤さんならきっと雪名くんの言葉に隠された意味を理解する筈です。 そして桐嶋さんが真相を話してくれることを待ってくれます」 『羽鳥…』 「桐嶋さん。 桐嶋さんが言ってくれたんじゃないですか。 俺が吉野を諦めかけた時、闘えって。 闘わないやつらは、何を無駄なことをと、きっと笑う。 でも好きな人の為にする事に、無駄なことなんてひとつも無いんだって桐嶋さんが教えてくれたんです。 だから頑張りましょうよ。 ホワイトデーに横澤さんをビックリさせましょう」 「は、とり…」 桐嶋の瞳から涙が溢れる。 『悪かった。 軽蔑するなんて言って』 「いいえ。気にしていません。 桐嶋さんは元々カッコいい方だと思ってましたが、今が一番カッコいいです」 桐嶋がフフッと笑う。 「そうか? カッコよくなんてねーだろ。 みっともないだろ」 「みっともないくらい人を愛する人は最高にカッコいいんですよ」 『……お前、恥ずかしいことをサラッと言うなよ』 「事実ですから。 まあ吉野にもよく言われますが。 それじゃあ失礼します」 『ああ、ありがとな』 桐嶋が通話がを切る。 桐嶋は羽鳥の自宅マンションの玄関の前に座り込んでいた。 涙で濡れた顔を拳で拭う。 横澤… 俺は横澤がホワイトデーまで俺を待っていてくれると信じてる。 だからお前も俺を信じていてくれ。 お前の為なら、おれはみっともないことだって平気で出来る。 他人に笑われたって痛くも痒くも無い。 愛してるから。 愛してるよ、隆史、世界一。 桐嶋は立ち上がる。 桐嶋がもう一人、世界一愛する人。 横澤が幸せを祈っている人。 日和の元に帰る為に。 羽鳥がダイニングに戻ると、横澤と吉野が、吉野の連載について楽し気に話していた。 羽鳥は横澤を見て流石だな、と思った。 人見知りの吉野でも、自分の漫画の話をされて嬉しくない筈がない。 「あ、トリ電話終わったの?」 吉野かニコニコしながら訊く。 「ああ。ジャプンの編集長の桐嶋さんからだった」 横澤の顔色がサッと変わる。 「横澤さん、大切な話があります」 「いや…俺は…」 横澤が羽鳥から視線を逸らす。 吉野も緊張した顔で羽鳥を見つめている。 「横澤さんはあの動画と画像を誰かに見せられた。 そして丸川に蔓延する桐嶋さんの噂を聞いた。 でも肝心な事を知りません」 「肝心な事?」 横澤が羽鳥を見る。 そして羽鳥は木佐が雪名に動画と画像のことを確認したこと、その雪名の返事、それに対する高野の答えを話したのだった。

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