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第1―22話

吉野は羽鳥の予想通り、プロット作りが乗ってしまい、寝たのは今朝の5時だった。 目を覚ましてスマホを手にする。 時刻は10時半になるところだ。 吉野がボーッとしながら寝室のドアを開けると、キッチンから音がする。 「トリ~!来てたんだ!」 最近仕事が忙しい羽鳥は、なかなか吉野のマンションに来てくれない。 来てくれても作り置きの料理を作ると直ぐ帰ってしまう。 吉野はうきうきしながらキッチンを覗く。 そして吉野は固まった。 羽鳥より背が高くガッシリした男が料理をしている。 男は料理に集中しているらしく、吉野には気付かない。 吉野が思わず後ずさると、トンと何かにぶつかった。 「ぎゃー!!」 吉野が悲鳴を上げると、吉野の頭上から「良い時間に起きたな」と聞き慣れた声がした。 「トリ!」 吉野が振り向いて羽鳥にしがみつく。 「どうした?」 羽鳥は至っていつも通りだ。 「トリ、知らない男の人がキッチンにいる!」 羽鳥が笑って吉野の身体をクルリと前に向ける。 キッチンにいた男はエプロンをして、申し訳無さそうに吉野を見ている。 「吉野も丸川のパーティーで会ったことがあるだろう。 丸川の営業部の横澤さんだ」 羽鳥が紹介すると、横澤は一礼して言った。 「丸川書店営業部の横澤隆史と申します。 突然お邪魔して申し訳ありません」 「は、はあ…」 もじもじしている吉野の肩を羽鳥がやさしく抱く。 「吉野、風呂入って来い。 横澤さんが昼メシに具沢山の味噌煮込みうどんを作ってくれるから。 うどんなら食べれるだろ?」 「で、でも…」 吉野が上目遣いで不安そうに羽鳥を見上げる。 羽鳥は微笑んで吉野の頭をポンポンと叩く。 「大丈夫だから。 心配しなくていい。 昼メシを食べてから事情を説明するから。 着替えは俺が用意しておいてやるから、ほら風呂入れ」 「うん…」 吉野はまだ不安そうな顔をして、浴室に向かった。 吉野が風呂から出ると、昼食になった。 ダイニングテーブルに吉野と羽鳥が並んで座り、羽鳥の前に横澤が座っている。 横澤が作ってくれた味噌煮込みうどんは本当に美味しくて、吉野は「美味しい!」を連発した。 その度に横澤は強面の顔を崩し、嬉しそうに笑う。 吉野は横澤は見た目と違って、本質はやさしい人ではないかと思った。 昼食が終わると、羽鳥と横澤でテーブルを片付け、羽鳥が玄米茶を入れてくれた。 羽鳥は穏やかに話し出した。 「実は横澤さんの住むマンションに補修工事が入ることになった。 工事自体は短期間だが、丁度横澤さんの部屋が工事の中心に当たるんだ。 工事は昼間行われるが、夜に断水や停電があるかもしれないんだよ。 俺のマンションに来て貰ってもいいが、うちはそんなに広くないからな。 大の男が二人で暮らすのはちょっと厳しい。 そこで吉野に頼みがある。 工事が終わるまで吉野の家に横澤さんを泊めてやってくれないか? この家なら充分だろう?」 吉野はうーんと考えた。 確かに、寝る場所はアシスタント用の仮眠室があるし、吉野はアシスタントの女の子を泊めない主義なので、仮眠室を使うのは柳瀬くらいだ。 しかも二段ベッドが二つある。 それに仮眠室には、何かあった時の為に、折りたたみの机や椅子を置く場所も確保してある。 洋服類もウォークインクローゼットを使えばいい。 吉野のクローゼットは寝室にあるので、ウォークインクローゼットは羽鳥が使っているだけで有り余っている。 それに羽鳥が吉野の家に住まわせるということは、横澤は羽鳥に信頼されているということだ。 吉野は笑顔で「うん!いいよ!」と答えた。 横澤はホッした顔をすると、吉野に深々と頭を下げた。 「吉川先生、ありがとうございます」 吉野は顔を赤くしながら、慌てて言った。 「吉野でいいです! 吉川先生なんて呼ばれ馴れて無いので、逆に恥ずかしいです!」 羽鳥も「ありがとう、吉野」とやさしく言う。 いつもの眉間に皺を寄せた仏頂面の羽鳥と違い、二重の切れ長の目を柔らかく細めて吉野を見つめている。 吉野の顔がぼぼぼっと赤くなる。 羽鳥はそんな吉野を見つめながら言った。 「横澤さんがここにいるのは3月の14日までだから」 「え?そんなに短いの?」 不思議顔は吉野だけでは無かった。 横澤も不思議顔をしている。 「羽鳥、それって…?」 羽鳥がにっこり笑う。 「それは今は話せませんが、14日になれば分かります。 それと横澤さんに、話しておかなければならないことがあります。 横澤さんはあの動画と画像を見たんですよね?」 「…ああ」 横澤が一転、苦しそうな顔になる。 「あの雪名くんの噂なんですが、木佐が雪名くんに直接確認したんです」 「雪名くんは女の子のテスト用に…」 横澤がそこまで言った時、羽鳥のスマホが鳴った。

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