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番外編 SWEET COLORS

「あー、くそ! また負けた!」  苛立ちをぶちまけるように、ガン!とデスクへ拳を叩き付け、PCに向かったレンがモニターを睨みつけながら悔しげに叫ぶ。 「……二十九敗」  かれこれもう二時間ほど放置されている晴人がベッドからボソリと呟くと、ヘッドホン越しにも耳聡く聞き取ったらしいレンが、ジロリと肩越しに睨みつけてきた。 「まだ二十八敗! ていうか数えるなよ、ムカつくから」  そういうお前も数えてるだろ、という呟きは心の中に留めて、晴人は再びPCモニターに向き直ったレンの背中へ小さくため息を吐いた。  高校も夏休みに入り、晴人は部活で毎日のように学校へ通っているが、レンはというと、まためっきり以前のような引きこもりゲーマー生活に戻ってしまっていた。  ただ一つ変わったことと言えば、順調に成長している庭の野菜の手入れだけは、怠っていないところだろうか。少し前にレンが庭に植えたミニトマトの苗は立派に育っていて、今は艶やかな赤い実を毎日沢山実らせている。  そんな野菜の成長ぶりとは裏腹に、晴人とレンの関係はというと、こちらは悲しいかな一向に進展がない。  確かに外は茹だるような暑さだし、ただでさえ日光に弱いレンがこの時期不必要に外出したがらないのは、まあ仕方がないとしよう。けれど部活の後、こうして晴人が足しげくレンの元を訪ねてきても、レンは毎日ゲームに没頭していて、数日に一度、晴人の血を飲む以外は全くこちらに見向きもしない。  何でも、これまでレンがカリスマ的強さを誇っていた対戦型オンラインゲームに、少し前から手強いライバルが現れたらしく、レンは素性も全くわからないゲーム越しのその相手と、日々熱戦を繰り広げている。……そうしてその間、晴人はひたすら放っておかれているのだが、現在のところ全戦全敗なレンは、何としてもその相手を倒さねば気が済まないらしい。  今日も既に二十八回戦って、レンはまだ一勝も出来ていない。  ゲームは時々友人と遊ぶ程度にしか触らない晴人だが、それでもこれまでずっと見てきたレンの足まで駆使したコントローラー捌きが、常人の域をずば抜けているということくらいはわかる。そんなレンがここまで負け続ける相手が現れたことには、晴人も「上には上が居るんだな」と驚いていた。  そして同時に、見ず知らずの強敵に、少なからず嫉妬を覚える。  自分以上にレンを熱くさせる相手が存在しているということが、晴人には素直に面白くない。今日だって、この部屋に来てからもうずっと、晴人は何をするでもなく、レンがひたすら知らない相手に必死になっている姿を見せつけられているのだ。  血を与えるときに、相変わらずの憎まれ口をキスで塞ぐ程度のことはしているが、それ以上手を出そうとすると必ずレンから「待った」の声が掛かる。  元々引きこもりで他人とも極力関わろうとしなかったレンなので、晴人との関係が深まることに、不安や戸惑いは少なからずあるのだろう。  だが、いくら他人から散々「冷めてる」と言われてきた晴人だって、思春期真っ只中の男子高校生だ。好きだと自覚した相手とこうも毎日二人きりになる機会がありながら、ろくに触れさせても貰えないというのは、結構辛いものがある。 (俺の血飲むときは、可愛い顔するくせに)  モニターと向き合って忙しなく手足を動かしているレンの姿を見詰めながら、晴人の血を夢中で啜るレンの顔をつい思い浮かべてしまい、しまったと晴人は気付かれないよう小さく舌打ちする。  吸血鬼のくせに血が嫌いで、唯一晴人の血だけを受け付けるレンは、その血を飲むとき、普段の悪態が嘘みたいに陶酔しきった顔になる。血を飲んでいないと青白い顔が、晴人の血を含んだ途端薄らと紅味を帯びて、ガラスみたいな色素の薄い瞳は、酔いしれたように艶っぽく揺らめく。  レンのそんな表情が毎回酷く晴人を煽っているというのに、本人にはその自覚がまるで無いので、晴人は容赦なく『お預け』を喰らう日々なのだ。  晴人の視線の先で、モニターに本日二十九度目の「LOSE」の文字が大きく表示され、レンが悔しげにギリ…と歯を鳴らす。  この調子だときっと今日もレンは晴人に構うどころではなさそうだし、余計なことを思い出すんじゃなかったと、晴人は嘆息して項を掻いた。  いい加減、電源ケーブルを引っこ抜いてやろうかと、デスクの下を無数に張っているコンセントの束に視線を移す。  今そんなことをしたら、ライバルを倒せない鬱憤がそれこそ晴人に飛んできそうだと思ったが、何とはなしに見ていたケーブルの一本が接続されていないことに気付いて、晴人は眉を寄せた。  無造作に引き抜かれたまま放置されているように見えるケーブルを視線で辿ると、それはレンがさっきから足で操作しているコントローラーに繋がっている。  何だよ、ケーブル外れてるぞ、と言いかけて、はたと口を噤む。 (……散々ゲーム慣れしてるのに、そんな凡ミスにこいつが気付かないなんて、あるのか?)  少なくとも今日だけでもう何十戦と戦っているのだから、機能していないコントローラーがあればレンならすぐに気付くはずだ。  なら何で……というか、そもそもいつから?  再び視線をレンの背中に戻す。頑なに晴人に向け続けられている、華奢な背中。  少なくともここ一週間ほど、レンは一人の強敵相手にずっと戦い続けている。晴人が来ても、血を飲む以外はいつもそれを理由に拒まれ、結局晴人はただゲームに没頭するレンの背中をひとしきり眺めて家路につく毎日だった。  けれど考えてみたら、自他共に認めるゲーム廃人であるレンがこれほど連日、何十回も戦い続けてたったの一勝も出来ないなんて、それこそ相手が生身の人間ならどうも不自然だ。時々晴人やアリシアが邪魔をして、気が逸れたお陰で「負けた!」と憤っているところは見たことがあるが、こんなにも連敗続きのレンを、晴人は見たことがない。  勿論、晴人が感じていたように上には上が居るということもあるかも知れないが、本気で倒したい相手なら尚更、ケーブルの抜けたコントローラーを使い続けているなんて有り得ないことだ。  ……だとしたら、レンの目的はきっと、ゲーム越しの相手を倒すことじゃない。───目の前の晴人から、逃げることだ。  こんな小細工を仕掛けていたレンを可愛いと思う反面、そうまでして拒みたいのかという苛立ちが、同時に晴人の腹の底から湧き起こってくる。レンの心の準備が出来るまで気長に待ってやりたい気持ちもあるのに、抗うのを無理矢理抑えつけて、泣かせてやりたい気持ちにもなる。後者を選んだら、レンは晴人を軽蔑するだろうか。 (泣きながら、俺に「会いたかった」って言ったのに?)  満足に動けもしない状態で、晴人を求めて異国から帰ってきたあの日にレンが告げてくれた言葉が、嘘偽りないレンの本心だと晴人は確信している。もう晴人の存在なしには生きていけないのだということは、レン自身が一番わかっているはずだ。  ────そうか。  もうゲームを理由にしないと、こいつは俺を拒めないんだ。  得意なゲームで何度も連敗を繰り返す屈辱を味わってでも、毎日晴人を追い返しているのは、素直じゃないレンの最後の意地なのだと気付いて、晴人は静かにベッドから降りた。  レンが三十戦目に突入したのを見計らって、背後からソロリと忍び寄る。少しだけ癖のある髪の下から伸びるレンの白い項に、晴人は長身を屈めて甘く歯を立てた。 「ひぁっ…────!」  不意を突かれたレンが椅子の上で悲鳴と共に飛び上がり、その手から零れ落ちたコントローラーが床に落ちてゴトリと鈍い音を立てた。 「なっ、何だよいきなり……!?」  甘噛みされた項を押さえて振り向いたレンの頭から、晴人はスッとヘッドホンを奪い取る。 「三十敗目」 「は……?」  すっかりゲームどころではなくなってしまったらしいレンの背後で、またしても「LOSE」の文字が躍っている。少しして我に返ったレンが、その文字を見て「あっ!」と声を上げた。 「お前が邪魔するからだろ……!」 「ホントに俺の所為か? 充分ハンデ、与えてやってたんだろ」  レンが落としたコントローラーではなく、元々機能していなかった足元のコントローラーを拾い上げる。プラリと揺れる、接続されていないUSB端子を見せつけられて、レンの顔がサッと強張った。 「動かないコントローラー使ってるフリしてまで、俺に帰って欲しかったなら、最初からそう言えよ」 「そっ、そういうワケじゃ……!」  敢えて意地悪く、淡々とした口調で晴人が告げると、慌てた様子でレンが口を開く。  ずっと逃げていたくせに、いざ晴人に突き放されそうになれば、縋るような表情で見上げてくるレンに、馬鹿だな…と晴人は苦笑する。  捻くれ者で、見た目に反して可愛げのないことばかり言う一方で、そうやってすぐに隙を見せるからつけ込みたくなる。揶揄って、苛めて、素直じゃない口に泣き言を言わせたくなる。  レンに出会うまで、自分でも誰かに執着することが出来ない「冷めてる」人間なのだと、晴人は思っていた。そんな自分の中に、こんな嗜虐的な強欲さが潜んでいたことに、晴人自身も驚いている。 「だったら、何でこんな小細工してたんだ」  ゴト、と晴人がデスクにコントローラーを投げ出した音に、レンの細い肩がビクリと震えた。椅子の上で罰が悪そうに小さくなったレンが、キュ、と一度引き結んだ唇をおずおずと開く。 「……お前が、ほとんど毎日うちに来るから……ど、どうしていいのか、わからなくて……」  でもこいつが手強いのは嘘じゃない、と必死な様子でモニターを指差すレンの腕を掴んで、晴人は強引にベッドへ引っ張り込む。そんな可愛いことを言われて、煽られないわけがない。  晴人の力で簡単に押し倒されたレンが、圧し掛かられてベッドの上で息を呑んだ。 「そいつが強いか弱いかなんて、どうでもいい。ただ、毎日俺の知らないヤツとばっかり遊んでるお前を見て、俺がどんな気分だったと思う?」 「………っ」  晴人に問われて漸く気付いたのか、ハッとなったレンの瞳が微かに揺らぐ。 「たまには、俺にも構えよ」 「か……構えって、だからどうすれば────」 「ホントはわかってるから、逃げてたんだろ」  まだどこか怯えた様子のレンがもどかしくて、晴人は強引に口付けてその逃げ道を断ち切った。晴人の下でビクッと身を強張らせたレンの手に指を絡めて、シーツに縫い留める。  舌でレンの唇を抉じ開け、咥内を深くまで弄る。吐息ごと奪うようなキスから解放された頃には、レンの瞳がとろんと溶けかけていた。キスだけでこんな顔になるのに、レンはここから先へはずっと進ませてくれなかった。もういい加減『待て』を解いて貰えないと、本当に我を忘れて喰いかかってしまいそうだ。  晴人の片手がレンのシャツのボタンを外しにかかると、レンが狼狽えた様子で目を瞠った。 「は……晴人……?」 「なに」 「なにって、それは俺のセリフ……」  下から順に一つずつボタンを外していく晴人に、レンが震える声を零す。荒っぽく脱がせたい衝動は、どうにか堪えた。 「なにするんだって意味なら、やらしい事、しようとしてる」 「やらしいって……、あ……っ!」  最後のボタンが外れたことで開けたシャツを脱がせるついでに、掌で薄い胸をスルリと撫でると、レンが上擦った声を上げた。 「黒執、俺に触られるのは嫌じゃないって、前に言ってたよな」 「嫌じゃ、ないけど……」  レンの上半身からシャツを取り去り、完全に露わになったレンの鳩尾から胸元へ、滑らかな肌の感触を堪能しながら晴人は敢えてゆっくりと撫で上げていく。晴人の指の腹が胸の先端を掠めるたびに、レンの身体がビクビクと跳ねる。指と舌を使って、固く痼ったそこを苛めてやると、レンが甘い声を上げながら「やだ」とか「待って」と繰り返すのが愛おしくて、晴人は執拗に攻めた。  胸への愛撫だけで既に浅い息を繰り返しているレンの下肢へ、服の上からそっと触れる。一際大きく身を強張らせたレンのそこが、確かに芯を帯びているのが布越しにもハッキリわかった。 「……ちゃんと勃ってる」 「なっ……! わざわざ、言うな、馬鹿……っ!」 「だってお前も気持ち良くなかったら、無理に手出せないだろ」  真顔で告げると、照れたのかレンの顔がカアッと耳まで紅くなった。初々しいその反応が、晴人の劣情をいちいち煽っているということに、きっとレンは気付いていない。  ウエストから下着の中へ手を滑り込ませ、直接やんわりと握り込んだレンの性器は、既に先端から雫が溢れていた。 「あっ、ゃ……触るな……!」 「悪いけど、今からもっと凄いとこ触るぞ」  え…?、と不安げな声を上げるレンの下肢から、下着ごと衣服を取り払う。自身も手早くTシャツを脱ぎ去ると、レンの裸の片足を掴んだまま、ベッド脇に置いてあった荷物の中から、晴人はローションのボトルを取り出した。それを見たレンがギョッとした様子で咄嗟に逃げようとしたので、捕らえていた足を引っ張って引き戻す。 「お前、なんでそんなの持って────」 「痛くない方がいいだろ?」  掌にローションを垂らしながら答える晴人に、そういう意味じゃない!、とレンが反論する。その下肢へもボトルの中身をトロリと垂らすと、レンの腰が大きく跳ねた。 「や、だ……っ、も……変態っ」  白い肌を火照らせながら、尚も悪態を吐くレンの両脚を、晴人は大きく割り拡げる。 「お前、『据え膳』て言葉、知ってるか? ……俺はお前とこうしたくて、部活の後も毎日シャワー浴びてから来てた」 「え…────、ぅあ……っ!」  レンが怯んだ隙に、晴人はたっぷり濡らした指を、レンの後孔へ押し込んだ。熱くて狭いそこを抉じ開けるように、ローションの滑りを借りて根元まで指を沈める。 「ああっ、ぁ、待っ……!」  シーツの上で弓なりに背を反らせるレンに、「痛いか?」と窺うように問うと、薄く開いたレンの唇からハ…、と熱い息が零れた。 「っ、い、たくない……けど……っ」 「じゃあ気持ちいい?」  指を動かすたびに、レンが喘ぎながら身を捩る。指を締めつけてくるそこは相当狭くて、晴人ですら不安になるほどだったが、レンは目尻に涙を溜めながら緩々と首を振った。 「そ、んなの……わかるか、馬鹿……っ、ん……!」  指が二本に増えたことで喉を仰け反らせたレンが、縋るように枕を握り込む。必死に何かを堪えるようなその表情に、晴人の下肢がズク…、と鈍く疼いた。  なるべく苦痛を少なくしてやりたいのに、目の前の華奢な身体を今すぐ貫きたい衝動に駆られる。相手を壊してしまいたいくらいの性欲ってホントにあるのか、と頭の隅で思いながら、晴人はコンドームの封を歯で噛み切った。  少し性急に慣らしたレンの後孔へ先端を宛い、晴人は一度、浅い息を吐く。「嘘……」と涙混じりの声を零すレンの腰を、逃げられないように両手で掴んで、晴人はグ…と強引に先端部分をレンの中へ捻じ込んだ。 「い、ぁ…─────っ!!」 「く……っ」  まだ先しか挿っていないのに、レンの入り口が容赦なく晴人を締めつけてきて、思わず喉の奧から声が漏れた。 「痛……っ、い、たい……! やだ、無理……っ!」  ガチガチと奥歯を鳴らしたレンの眦から、幾筋も涙が零れて枕に沁み込んでいく。ただでさえ狭いのに、痛みと恐怖と不安からか、レンが全身を強張らせているので、キツイのも当たり前だった。このままでは晴人も到底動けない。 「っ、一回、抜くか……?」  痛い、と繰り返すレンの中から晴人が一旦出ようとすると、中が擦られた所為なのか、レンが甲高く啼いた。 「ああっ! 待って、抜くの、駄目……っ、んん……!」  苦痛に眉をぎゅっと寄せながらも、少しでも晴人が身じろぐとそれに合わせて声を上げるレンに、晴人の雄が勝手に質量を増す。苦しげな息を繰り返すレンを宥めるように、晴人は深く皺の刻まれた眉間にキスを落とした。そしてその口許へ、晴人は自身の首筋を寄せる。 「……黒執。噛んでていいから、ちょっとだけ力抜いてろ」  涙と熱に濡れた瞳を晴人の首筋へ向けたレンの喉が、コクリと小さく鳴った。  震える腕が晴人の首におずおずと巻き付いてきて、レンの歯が晴人の皮膚に甘く刺さった瞬間。晴人は、レンの最奥目掛けて強く腰を押し付けた。 「ああっ────!!」  不意に貫かれた衝撃からか、呆気なく晴人の首筋から口を離して悲鳴を上げたレンの口許から、鮮血の粒が散る。僅かでも苦痛を和らげてやりたくて、レンの顔中に口づけながら舐め取った自身の血は、晴人にはやはり美味いとは思えなかった。それよりも、レンがしきりに零す涙の方が余程甘い。 「んぁっ、も……ゃ、だ……っ、全然、上手く、出来ない……っ」  嗚咽に胸を喘がせながらレンが絞り出した言葉に、晴人は思わず動きを止めて目を瞬かせる。 「上手く出来ない……?」 「……だから、『わからない』って、ぁっ、言った……だろ……っ」  ボロボロ涙を零しながらも、レンが睨むように晴人を見上げてくる。  ……もしかして、レンの言う「どうしていいのかわからない」というのは、接し方だとかそういうあやふやなことではなく、晴人との行為そのものを言っていたのだろうか。 (だから、騙すみたいな真似してまで逃げようとしてたのか)  先に進みたいと思っていたのは晴人だけではなかった上に、レンはレンなりに、体験したことのない行為への不安としっかり向き合ってくれていたことを知って、そんなレンに全身で想いをぶつけてやりたい欲求を、晴人はどうにか抑え込んだ。 「……上手くなんか、出来なくていい。現に俺だって余裕無いし、何よりお前が相手なら、それだけで気持ちいいんだよ」  わかるだろ、と晴人の熱を知らしめるように、一度だけ軽く腰を揺すってやると、また一筋涙を零したレンの中がキュウ…と応えるように晴人を締めつけた。 「動いても、大丈夫か?」 「っ……なるべく、ゆっくり、して……」 「……努力はする」 「そこは『わかった』って、言えよ、馬鹿……っ!」 涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、相変わらず憎まれ口を叩くレンの唇を優しくキスで塞いで、晴人は控えめに律動を始める。  まだ全身ガチガチに緊張しているレンの中は動くのも一苦労で、正直晴人自身も、強すぎる締め付けが苦しい。けれど、受け入れてくれているレンは恐らくもっと苦しいはずで、それを懸命に堪えながら晴人の首に縋りついてくる姿が、健気で可愛くて、堪らなかった。  律動の合間に、苦痛で萎えかけていたレンの性器へ指を絡めて扱いてやると、レンの口から零れる声に、段々快楽が混ざり始めた。その声に煽られて、晴人の動きも次第に激しさを増していく。 「あっ、はる、と……っ、晴人……」  譫言みたいに晴人の名を繰り返しながら、次第に蕩けていくレンの身体は、その全てで晴人への想いを伝えてくれているような気がした。 「……こんなこと何度もやったら、絶対死ぬ……」  最早全裸であることを恥じる余裕も残っていないのか、行為の名残もそのままにグッタリとベッドに突っ伏したレンが、掠れた声で力無く呟いた。  晴人が最中に刻んだいくつもの鬱血痕が散った背中を撫でながら、「悪かったって」と眉を下げる。そんな晴人を、横たわったままのレンがジロリと恨みがましい目で睨みつけてくる。 「お前……あれだけ『ゆっくり』って言ったのに……!」 「これでもかなり抑えたんだぞ」 「あれで……!? ……次やったらホントに死ぬ。もうしない」  拗ねた口調で言い捨てて、ボフッとレンが枕に顔を埋めた。  確かにレンの訴えを聞き入れる余裕があったのは前半までで、晴人の下でぐずぐずになったレンに煽られ、結局最後には晴人は我を忘れて夢中でレンの中を掻き回してしまった。好きな相手に、蕩けきった顔と声で何度も名前を呼ばれて抱きつかれたら、理性なんて保てるわけないだろうと思うのだが、それを言うと本当に半永久的な『お預け』を喰らってしまいそうなので、黙っておくことにする。 「俺が悪かったから、機嫌直せよ」  レンの裸の背に覆い被さるようにして、晴人は行為の余韻からかいつもよりまだ少し紅い耳朶へ唇を押し当てる。ピク、とレンの肩が小さく震えたものの、強情な吸血鬼はまだ顔を上げてくれない。  仕方ない、と息を吐いて、晴人は究極の選択を突きつけた。 「ならこの暑い中、健康的に外に出掛けるのと、涼しい部屋の中で俺とするの、どっちがいい?」  晴人の問い掛けに、思惑通り顔を上げたレンが、首を捻ってじと…と晴人を睨む。 「そんな選択、卑怯────」  不満を零すレンの唇へ、首を伸ばして素早く口付け、再度「どっちがいい?」と問い掛ける。そこで漸く晴人に乗せられたことがわかったらしいレンが、悔しげに眉を寄せて唇を尖らせた。 「……血、くれたら考える」 「黒執、頑張ってくれたから、今日はたっぷりやるよ」  そう言って笑った晴人の下で、やっと身体ごと向き直ったレンが、困ったような顔で晴人を見上げる。 「……お前のそういうとこ……嫌いだ」  嫌い、という言葉に反して、レンが晴人の項へ腕を絡めて抱きついてくる。晴人を求める温もりに、相変わらず素直じゃないな、と胸の中で呟いて、晴人は首筋へ顔を埋めてくるレンの後頭部をそっと抱き返した。  二人の関係が、漸く色づいた瞬間だった。

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