10 / 12

第10話

「ご、しゅじんさ、ま」 「…?」 ごしゅじんさまがこんなちかくにいる。 どうして? ごしゅじんさまがいつもよりちいさい。 どうして? 「おま…えは…?」 ごしゅじんさまの、こえがきこえる。 なにをいってるのか、わかった。 ぼく、みずからでられたの? 「ごしゅじんさま…っ」 こえがでてる! 「テンツァー、なのか…?」 ああ、テンツァー。 それだけは、きこえていました。 ごしゅじんさまが、ぼくにつけてくれた、なまえ。 「テンツァーです、テンツァーです、ごしゅじんさま、どこかいたいのですか」 「はは…いよいよだな。幻覚か…」 「おいしゃさまにいきましょう」 たちあがれた。 ごしゅじんさまを、かかえようとしたら 「もういいんだ、ここで静かに逝かせてくれ、テンツァー。お前に看取ってもらえりゃ充分だ」 幻覚でもいい。 最期だけでもひとりでなければ、悪くない人生だったと思えてしまうのが不思議だ。 水槽に金魚はおらず、突然現れた目の前の少年。 華奢で透き通るような白い肌に、キョロキョロと不安そうに動く、大きな黒目がちの瞳。 髪は赤く、黄金色に光る。 普通に考えたら、こいつがテンツァーなんだろう。 …普通に? もう現実か非現実かとか、そんなこたあどうだっていい。 死に際に優しい夢を見せてもらってるんなら、それはそれでいい。 もう、分厚いガラスも水も隔てることなく、お前に触れられるのか。

ともだちにシェアしよう!