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第1話

 たっくんは変だ。  もう高校生だというのに、僕がいないと何も出来ないと公言する。  現に幼稚園から高校まで一緒だけど、未だに二人でトイレに行く。  おかげでホモだの母子だの周りから好き勝手言われているが、気にした事もなかった。  これからもずっとその関係が続くと思っていたのに。 『まーくんが、一番好きだよ』  たっくんにそう言われて一ヶ月が経った。  告白のようなものをされたからといって、僕らの関係がなにか変わったという事はない。僕も特に返事もしていない。  いや、ひとつだけ変わったことがある。 「まーくん、キスしていい?」  それは、たっくんがキスを突拍子もなくせがんでくることだ。 「え? なんて?」  僕は苛立ちを隠さないまま、隣を歩いているたっくんを見上げた。たっくんは相変わらずかっこいい。はっきりとした眉に、長い睫毛で整った鼻筋。切れ目の瞳が僕を映している。  真剣な表情のまま、たっくんはもう一度同じ言葉を繰り返した。 「キスしたい」 「今さ、午前8時15分で、僕たち登校してるんだよね? もうすぐ校門で、同じ学校の生徒がそこらじゅうにいる中で、もう一回聞くけど、たっくん何言ってるの?」 「だって今しかないと思ったから」 「絶対、今じゃないでしょ……」  今の状況を説明しても、たっくんはきょとんとしたままだ。  後ろを歩いていた女子がクスクス笑っていて恥ずかしい。  僕はわざとらしく大きなため息をついた。  見た目はいいたっくんだが、変人でもある。彼は彼なりの考えがあってのことなのだが、今はそれを聞く心の余裕がなかった。 「田村くん! おはよう」  クラスメイトの山野さんが、明るくたっくんに声をかけた。途端にたっくんの表情が硬くなった。たっくんは僕以外の人にあまり馴染もうとしない。 「あのさ、田村くん……、ガトーショコラとチョコレートケーキだったら、どっちが好き?」  山野さんの頰がかすかに赤い。 (ああ、もうすぐバレンタインか)  たっくんはモテる。毎年、女子からチョコレートを受け取っては困った顔で、聞こえるか聞こえないかわからないぐらいの小さな声でかろうじてお礼を言う。そんな塩対応なのに、なぜ毎年たっくんばかりがチョコレートをもらえるのか、僕は理解ができない。 (僕もたっくんみたいにイケメンだったらなぁ。もっと上手くやれるのに)  どうせたっくんは今年もチョコをもらえない僕の背中に隠れてボソボソと話すのだろう。 「ガトーショコラかな」  はっきりとしたたっくんの声が頭上から聞こえてきて、僕は驚いて顔を上げた。  たっくんは堂々と話しだす。 「甘さは控えめで、お酒の味がしないタイプが好き。……ああ、でも、ガトーショコラじゃなくても、手作りならなんでも嬉しいよ」 (めちゃくちゃ、注文してる!!!! 誰、この人誰!?)  困惑する僕を尻目に、たっくんは微笑まで浮かべている。一方で、初めてまともに口をきいてくれたであろう山野さんは感激のあまり、目を潤ませている。 「あ、ありがとう! 私、頑張るね!」  そう言うと彼女は、走って学校へ行ってしまった。その背中を眺めながら、僕はどこか複雑な気持ちだった。

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