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第6話(最終話)
初めての出来事に、軽くパニックだった。なのに、たっくんは落ち着き払っている。
「どうして? まだタラコ唇うつってないよ」
たっくんの声はいつも通りなのに、その目はギラギラと僕を捕らえている。それは、間違いなく雄の目で、僕の知らない目だった。
僕は慌てて目を伏せた。たっくんのその目を見ているとまたキスをねだりそうな気持ちになるからだ。
ぱきっと乾いた音がして、顔を上げるとたっくんは、僕の目を見ながら激辛チョコをかじっていた。とても嬉しそうに。
(うう……、さっきはあんなに食べるの嫌がってたのに)
「まーくん」
たっくんは僕の名を呼ぶと、椅子に座る僕に覆いかぶさるように机に手をついた。半分かじったチョコを咥えて、僕の口先を突いた。僕も食べろということらしい。
僕はたっくんの咥えたチョコを控えめにかじった。ポッキーゲームみたいだ。少しかじっただけなのに、チョコは一瞬の甘みの後に舌を刺すような辛味を感じて、思わずむせそうになった。
「う……」
(か……辛い〜!)
なんとかむせるのを堪えると、その辛さに新鮮な空気を求めて息継ぎするように口を開けると、たっくんは咥えていたチョコを全部僕の口内へとねじ込んだ。
「んん……ッ!」
固形物だったチョコが僕とたっくんの舌に転がされて、僕の口の中でドロドロになっていく。
たっくんの舌が僕の舌を擦りあげて、僕は思わずチョコを飲んだ。飲んだ先から、辛さで喉の奥が熱い。熱いのか辛いのか分からなかった。僕は必死にたっくんの舌を絡ませた。そうする事で辛さが少しでも紛れる気がした。息が上がっているのは、辛さのせいなのか、それとも……。
(……げ、限界だーッ!)
しかし誤魔化しが効かないほど、僕の口の中は火を吹きそうなほど熱くなった。
僕はたっくんから、離れると、机にあったたっくんの水を一気に飲み干した。
水を飲んでも口の中がじんじんと痛い。
濡れた唇をたっくんは指先で拭った。ピリピリした感覚はどこか鈍く感じた。
「これで、お揃いだね。まーくん」
たっくんはニンマリと笑って僕にそう言った。
「あっ!」
僕は慌てて自分の唇を確かめるとそこには、たっくんと同じ腫れぼったい唇があった。
「タラコ唇うつっちゃったね」
してやったりって顔。普段とは違う。僕にしか見せない顔。
今ならたっくんに、胸の内を打ち明けられると思って、僕はたっくんに抱きついた。
がっしりとしたたっくんの胸に顔を埋めると、懇願するように呟いた。
「た……、たっくん、山野さんと付き合わないで」
「うん。別にいいよ」
妙に軽いのが気になるが、僕はずっとたっくんに言いたかった事を口にした。
「たっくん、僕と……、付き合って」
「いいよ」
(軽っ!)
まるで買い物に付き合うかのような物言いに僕は肩透かしを食らった気分だった。
「で、俺は何に付き合ったらいいの? 買い物?」
「は?」
どうやら、本当に買い物に付き合うつもりでいたらしいたっくんに、僕は顔をしかめて顔を上げた。きょとんとしているたっくんと目が合う。
「たっくん、もしかして付き合うって意味、わかってないの?」
「だから、何に付き合うの?」
「お付き合いするって意味だよ! デートしたり……キ……キス、したり……」
たった今した事を口にするのが恥ずかしくて、もごもごしてしまう。
「それなら、俺たちやったじゃない」
「う……」
ズバッとたっくんに言われて、僕は言葉に詰まった。
(どうして、そういう事をはっきり言えるんだろう)
僕の戸惑いをよそに、たっくんはさも当然のように言った。
「俺たち恋人でしょ?」
「え? そうなの?」
沈黙。お互い見つめ合ったまま、数度瞬いた。そして、たっくんは心外そうに息をついた。
「そうなのって……、今までまーくんは俺の事、恋人だと思ってなかったの?」
「だって、たっくん、そんな素振り見せないから」
「素振りも何も俺は恋人にしか『キスしたい』なんて言わないよ。恋人じゃない人にそんなこと言ったら、ただのヘンタイじゃないか!」
(お、お前が言う〜!?)
幼馴染に対してただの変態だと思っていました。とは言えず、僕は違う切り口で思いを口にした。
「僕は……、てっきりたっくんが山野さんの事、好きなのかと思った。二人は両思いなんじゃないかって……」
「好きじゃないよ。それと、山野さんが好きなのは、まーくんだよ」
たっくんは自分の鞄から、今朝山野さんから貰った小箱を取り出した。その可愛らしい箱を開けたが、中は空だった。
「あれ、もう食べたの?」
「元々空だったよ。まーくんのには、入ってたけどね」
そして、箱の蓋を裏返すと赤字で荒っぽい文字が書かれていた。
『これ以上 まーくんに つきまとうな!』
(怖!)
こんな物を女子からもらったらトラウマになりそうだが、たっくんはその小箱を見下ろしながら低く笑っていた。
「俺は受けて立つつもりだよ。果し合いでも何でも『付き合う』つもりだったし」
(たっくんも怖い……)
そして、付き合うの意味を間違えてる。
「だからね、まーくん。山野さんのチョコ受け取っちゃ駄目だよ」
たっくんに顔を寄せられ、僕は頷いた。
(僕が原因だけど、僕は関わらない方がよさそうだ……)
今朝の二人のやり取りの理由が分かると、顔が引きつった。
不意にチャイムが鳴って、昼休みが終えたことを知り、僕は驚いた。
「え、もう? まだお弁当食べてないのに」
(キスしてたら、昼休み終わったなんて、笑えない……)
「次、僕、移動教室だ」
お腹が空いているが、仕方ない。僕は席を立って、行こうとしたが、その手をたっくんが掴んだ。
「ねえ、まーくん」
たっくんは立ったまま、掴んだ僕の手を見てる。そして、親指で僕の手の甲を柔らかく撫でた。たっくんは、少し照れたように笑って、ためらいがちに尋ねてきた。
「……キスしてもいい?」
恋人にしかキスをねだらない。そう言ったたっくんを思い出して、僕も照れくさくなって笑った。
「……いいよ」
たっくんの手を握り返すと、僕は瞼を閉じた。そして、次の本鈴が鳴るまで、僕らは時間を忘れてキスをした。
おわり
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