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第5話

 たっくんは、箱に入っていたチョコを半分ぐらい食べたあと、ペットボトルに手を伸ばした。しかし、僕はそれを取り上げる。 「もう、水ばっかり飲まないでよ。ちゃんと味わって」 「まーくん、あのね、怒らないでね」 たっくんは、眉尻を下げて、すごく言いづらそうに言ってきた。 「……なんかこのチョコ辛い」 それを聞いて、僕は耐え切れずに吹き出した。突然笑い出す僕にたっくんは呆然とこちらを見ている。 「だって、いっぱい唐辛子を入れたから」 僕の言葉を聞いて、たっくんはようやく自分がからかわれていたことに気づいて、頬を赤くした。 「まーくん、ひどいよ!」 「ごめん、ごめん」 「俺、まーくんが必死に作ったと思ったから、がんばって食べたのに」 「一生懸命作ったことには、かわりないよ」 僕はちょっと媚を売るような甘い声で言うと、取り上げた水をたっくんに返した。 しかし、たっくんの顔を見て、僕は再び笑ってしまった。 「たっくん、唇がタラコになってる」 慣れない辛いものを食べたせいで、たっくんの唇が腫れて分厚くなっていた。せっかくの男前が台無しだった。 「笑わないでよ」  恥ずかしそうに、眉を寄せるたっくん。それがまた笑えてしまう。 「もう、まーくん! 笑い過ぎ」 「む……」  まーくんが僕の両頬を片手で掴んだ。両頬を挟まれ、口がタコのように尖った。たっくんは小さく眉を寄せて、僕に忠告した。 「笑っちゃ駄目」  しかし、笑うなと言われれば、笑えてしまうのが人情。尖った唇から、笑い声が漏れた。 「ふふふ……」 「もう! 悪い子には、タラコ唇うつすよ」 (タラコ唇をうつす……?)  聞き慣れない言葉に一瞬意味が分からなかった。頬にあったたっくんの手がするりと顎へと下りた。そして、たっくんが至近距離で僕の顔を覗き込んできた。目が合って、そしてそれがキスの前兆だと気付いた時には、もう唇が触れ合う寸前だった。  僕は慌てて目を瞑ったが、いつまで待っても唇が重なる事はなかった。  恐る恐る薄目を開くと僕の顔を嬉しそうに眺めるたっくん。たっくんは僕の髪を優しく撫でた。 「なーんてね。そんな可哀想な事、まーくんにしないよ」  そして、たっくんは僕に背を向けて、水の入ったペットボトルに手を伸ばした。それがひどく悲しく感じて、僕はたっくんの裾を引いた。 「どうしたの?」 「タ……タラコ唇うつしてもいいよ」  気づいたら、僕はそう言っていた。恥ずかしくてまともにたっくんの顔が見られず、俯いた。  顔が熱い。そればかりが気になる。 「まーくん、顔を上げて」  たっくんの声が真剣で少し掠れていて、ゾクリとした。  目を瞑ったまま、顔を上げると唇に柔らかい感触が伝わった。  辛さのせいだろうか、触れ合ったところが微かにピリピリする。  そして、湿ったぬめっとした何かが僕の唇を這ったと思ったら、口内に侵入してきた。  それは熱くて、甘くて、ちょっと辛くて僕の舌と絡まる度に、ゾクゾクした。 「……んッ……ふ……」  唇の間から漏れた声が、自分の声だと思うと恥ずかしかった。身を引いて、唇を離そうとしたが、たっくんは立ち上がると片手を僕の背に回して、体を引き寄せた。 (わ。ちょっと……)  ぐっと抱き寄せられ、逃げ場がない。たっくんに唇や舌を吸われ、だんだん頭がぼーっとしてきた。鳥肌が立って、指先に力が入らない。  背に回されたたっくんの手が脇をくすぐって、制服のシャツの裾をめくった。  たっくんの冷たい手が僕のお腹をなぞった時、僕は突然怖くなって、思わずたっくんを突き飛ばした。 「わ、わ、もう駄目ーー!」  たっくんは、少しよろめいて、二、三歩下がった。そうして、ようやく僕から離れた。  ドキドキして心臓の音がうるさい。

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