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第6話
階段を下りると、反省しているのか小さく縮こまったまま彼は待っていた。
何も声をかけずに静かに横を通り過ぎ、先ほどまで座らされていた椅子に自ら腰掛ける。
足を組んで肘かけに手を置き、彼を軽く睨みつける。
「反省したか」
「……はい」
自分がした事で主人がとても怒っているのが分かったのか、小刻みに震えていた。
もうそろそろ許してやっても良いが、確認はしなくてはならない。
「どこで覚えて来た、他人の顔を剥ぐ術など」
「せ、先日連れて行って貰った魔術学校で借りた本にありました」
「なるほど。確かにあそこの図書館には色んな術が載ってる本があるな」
組んでいた足をおろして、膝上に肘を置き、両手を組み、その上に顎を載せる。
ゆったりとした動きの間一瞬たりとも視線は逸らさない。
そして、最後に眼光の鋭さをあげてもう一度彼を睨んだ。
「……他に、何を覚えた」
いつも以上に低い声で、静かに威圧感を込めて聞く。
主人は私だという事を改めて、覚えさせなくてはならない。
すると、顔はそらさず、目だけを泳がせながら彼は怯えながら言った。
「な、ナイショです」
「まだ私に逆らう気なのか?」
「そんなつもりじゃないです!
お、俺だってちょっとは、その、駆け引きみたいなのが、したいんです」
間髪入れずに追及をしたにもかかわらず、返ってきた答えは悪くはない物だった。
確かに着地点は「駆け引きみたいな」ものだったな、と今日の事の顛末を思い出す。
本当に逆らおうというつもりは全くなく、純粋にイタズラだったのだろう。
少々性質が悪いので、やってはいけない事を教える必要はあるらしいが。
他人の入れ知恵さえなければ何もしなかった事を思えば、まだ許容範囲か。
そう思いながら床に落ちていたもう一つの袋を拾い上げて、彼の顔の前に差し出す。
「ほれ、やる」
彼は目を大きく見開いて、本当に良いのかという視線を投げかける。
無言でもう一度顔の前で揺らすと、恐る恐る受け取り、中を覗き込む。
「お菓子!!」
キラキラという表現が良く似合う瞳がこちらを見つめてくる。
叫んだそのまままま開かれた口から覗く犬歯がなんとも可愛らし、いや、なんでもない。
確かにこれは純粋に育っては居るのだ、と改めて思う。
「……言っておくが。
いくらお祭り好きなこの地であっても、『イタズラかお菓子か』、どちらかだぞ」
「は、はい」
自分のした事をすっかり忘れていそうなので、もう一度釘を刺しておく。
喜び一色だった顔が少しだけ陰るが、それも仕方がないだろう。
「あ、あの」
「なんだ?」
お菓子も渡したし、きっちり叱ったのでやる事は終わったし反応もないと思っていた。
それでも彼はまだ何か言いたい事があったらしい。
「ご主人様、お菓子は一緒に食べてくれないんですか?」
袋の上からのぞかせる二つの瞳は期待と不安が入り混じっていた。
それを掴む両の手はぎゅっと握られ、私の答えを待っている。
「着替える」
「ええ!折角似合ってるのに!」
言葉と共に洋服ダンスの方へと身体を向けると、すぐさま声がかかった。
声の主の方を振り返り、淡々と理由を述べる。
「白い服は汚れやすい、食べるんだろう」
「わ、やった!で、でも、待って!」
手放しで喜んでから、歩き出そうとする私の腰に彼は抱きついて来た。
白い服はあまり落ち着かないから、正直な事を言えば早く脱ぎたい。
「何だ!」
「ツーショット撮らせてください!」
必死の形相で何を訴えるのかと思えば、『一緒に写真が撮りたい』。
吸血鬼は普通写らないと言われているので試した事もなかったのだが。
技術の進歩が凄まじいのか、それとも何かの偶然だったのか。
先日お試しで撮ったら写ってしまったのだった。
「……好きにしろ、写るかは知らんぞ」
「やったー!!前回の術が上手く行ったのできっと写ります」
「何!?お前、まさか」
「お、俺、準備してきます!」
さらに追及をされる前に、元気よく従順なはずの僕は走り出した。
戻ってきたら、どこで服を手に入れたのかも聞かなくてはならない。
そういえばカメラはお前が持って行って、今お前の部屋だが覚えているか。
などと余計な事を考えてしまう、それはあれが自分で考えれば良い事だ。
ガサガサという袋の揺れる音と、バタバタという騒がしい足音が未だ家の中を駆けている。
その音を聞きながら、思う以上に彼が成長している可能性に、私はこめかみを抑えた。
<終>
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