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第5話
「この後も俺の言う事聞いてくださいね、ご主人様」
一瞬、時が止まったかのような錯覚を起こした。
先ほど自分がした事をすっかり忘れたのだろうか。
言われた事をもう一度頭の中で繰り返し、さらに間をおいてから私は淡々と返答した。
「……顔を戻した以上。私がお前の言う事を聞く理由は無くなったんだが、分かってるか?」
「あ!!」
本当に素で忘れていたらしく、この後どうしようと言わんばかりに目が泳ぎだしていた。
やっぱり顔が無いと似合ってるかわからないしやっぱり見たいし……。
とかなんとかブツブツ言っているのが聞こえた。
食糧として確かに側に置いているが、もう少しこの抜けはなんとかしたい所でもある。
人狼は戦えば強いので、護衛としても使えると個人的にはもっと助かるのだ。
私が考えを巡らせる間もおろおろとしたままの彼に、主人らしく話を聞く事にする。
「何をする気だったか聞かせろ、内容によっては考えてやる」
「……え、えっと、お菓子が欲しいです」
「急にハロウィンだな」
思わず笑いが我慢出来ずに吹き出すと、頬を膨らませながら彼は私に抗議する。
「こ、これもハロウィンですよ!」
「どこがだ?」
「イタズラです!」
確かに、『イタズラかお菓子か』というのが今住まう地の定番だ。
イタズラもしたのにお菓子も欲しいとは欲張りな事だ。
しかし、私はこの季節のイベントをそんな風に教えただろうか。
「聞いたんです。本当は『トリックとトリート』なんですよね?」
聞きなれたフレーズの間に入った「と」という違和感のある言葉。
思わず眉間にしわを寄せ、こめかみを抑える。
反抗されても厄介だからと、純粋で素直に育つようにしたのがここで仇になったらしい。
「イタズラもお菓子も両方する日だって聞いたんです、けど」
「……ほう。それを教えたのは誰だ?」
「隣のミイラ男さんが」
「そうか、ありがとう」
穏やかな笑みを浮かべたまま、少し離れるように促す。
最早私を従える理由もない彼は素直に、今いた場所から2歩ほど後ろへ下がった。
そして、ホームセンターのビニール袋を拾うよう言うとすぐに渡してくれる。
使い道の変わった針金をとりだすと、一緒に買ったペンチで静かに適当な長さに切り分ける。
「そ、それ、お、俺が悪い事したから……?」
心配そうに覗きこんできた従順な僕の頭を優しく撫でながら、首を静かに横に振る。
少しずつバチン、バチン、と切り分けて、そこそこの分量が出来た所で適当なかごに入れる。
短い棒状の針金を、淡々とまきびしに似たような形へと捻じ曲げていく。
相手が人間なら私とてそんな事はしないし、今は良き友人達であるのでしたくもない。
ご近所付き合いは田舎ではとても大事なのだ。
が、そもそも長い付き合いで、この先も永遠と長い付き合いになる。
「人外」であれば話は別である。
本当は同じ目に遭わせてやりたい…顔面を引っぺがしてやりたい所だが。
私が目の前の彼に何をされたかまで聞かれそうなので、それは出来ない。
事無きは得た物のちょっとした屈辱感を味わった事実を知られるのは嫌だ。
庭の菜園の動物避けに使う分を袋の中に戻し、大人しく待つように、と指示を出す。
袋の中の物騒さに怯えたのか、身を縮ませ緊張した面持ちで彼はそこに立ち尽くした。
座っても良い、と言おうかと思ったが、反省して貰わなくてはならないのでそのままその場を後にする。
針金入りのかごを持ったまま2階へと昇る。
この後で瞬間移動するので別に昇らなくてもいいんだが、なんとなくそこは雰囲気を楽しむ。
いきなり移動などしたら怒鳴りつけてしまいそうだったからである。
ここで必要なのは、冷静さだ。
2階へと辿り着けば、カーテンの隙間から隣の窓辺に狙いの人物が居る事を確認する。
そして、隣人であるミイラ男…では厳密にはないのだが。
その背後へと瞬間移動する。
小説を執筆していて油断しまくっている背中に、かごの中身を思い切り投げつけた。
何事か、と奴が振り返る前にサクッと自分の家へ再び移動をする。
カーテンを細く開けると、2階の窓辺で彼が身悶えるのが見えた。
悪い奴ではないが、少々うちのにちょっかいを出し過ぎるのでたまには痛い目を見せておく。
どうせしばらく経てばあいつも怪我などつるん、と治っているのだ、情けなどいらない。
今日はこれくらいにしておいてやるか。
と、心の中でポツリとつぶやいてカーテンを閉めた。
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