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第9話

 ドアが閉じた。  電気も消えた。  真っ暗ってのは、やっぱりちょっと怖い。  まあ、もう慣れたけどさ。いちいち泣き喚くのも、疲れたし。 「あぁ……っは……」  それに突っ込まれたバイブ、気持ちいいし。  緩いのなんの言うなら、2本も突っ込まなきゃいいのにね。相手が生身の人間でさえなければいいんだろうか。  仕事が忙しいと零していた彼にセックスをせがんだら断られて、こうなった。俺を性的な方面から引き離したいのなら、これじゃなんの解決にもなってないと思うんだけど。分かってんのかな。 「ぅ、あ……っん」  シーツをきつく掴んでも、以前はあった痛みはない。爪、殆ど治ったな。いつの間にか。  こんなさあ、時間が経てば治るものなんて、どうって事ないよね。  ちゃんと手当てしてくれるんだもんなあ、和成くんは。 「ッ……アァ……ッ!」  体勢を変えると中で当たる場所も変わって大きく体が跳ね、足首の方から重みのある金属音が響いた。重いし俺が暴れるせいで肌はすっかり擦り切れて痕になっている。残念ながら新陳代謝はもう、そう活発じゃないもので、多分生涯消えないであろう程度には、傷は悪化している。  次は足首か。うん、いいんじゃないかなあ。  和成くん優しいからなあ。暴れないと分かったら、外しちゃいそうなんだもん。  痛みは日に日に増してるけど、平気なフリしてないと。  まだ気付かれちゃ困るからさ。  もっと手遅れになってからでないと。  和成くんは何か勘違いしているようだけれど、なくなった乳首も、短くなった指も、俺は結構気に入ってるんだよね。嘔吐して息が出来ないのも、惨めに垂れ流すのも、はっきり言って興奮対象。悦んで受け入れられるかって言ったら、まだその段階ではないけどさ。  こうやって少しずつ、俺の体が削れていくのって、堪んないんだよね。  マゾって言うよりは、破壊願望とでも言うのかな。じわじわ崩れていく自分の体に、俺は欲情する。  和成くんには分かって貰えないのかなあ。この年になってもまだ、こんな馬鹿げた生活送ってるのは、自分を消耗したいからだって。  ああいう優しくて、常識を弁えてる子には、難しいのかな。  俺から言わせれば、さ。  可哀相なのはね、君の方だよ。  他人には優しくしなきゃいけないと思ってる。  常識を守らなきゃいけないと思ってる。  俺なんかと関わった時点で、もう君はとっくに人並みってものからドロップアウトしてしまったのに、それでもまだ統合性を保とうとする。  だからどんどん捻れていくんだ。こんな風にさ。  君は俺を手厚く労わる一方で、暗闇に閉じ込めて足枷で戒めて、可哀相だと嘯き、真人間になれと唱える。  出来るわけないよ。  人ひとり監禁しておいて、平気で拷問じみた事しておいて、まともになれなんて無理に決まってるんだよ。  そんな事にも、君は気付かない。  そのくらいには、君もおかしいんだよ。  俺みたいにね。 「んんっ……ふ、ぁ……」  あーあ、枕、涎塗れだ。また怒られるかなあ。  怒ってくれたら、嬉しいんだけどなあ。  あそこで君に会ったのは偶然だけどね、しめた、と思ったよ。この機会を逃すもんかと思った。  実はさ、10年前、口先だけでも、恋人なんて関係を認めたのは、和成くんだけだったんだよ? いつもなら適当にあしらって、セフレ止まりだったんだよ?  あの頃はまだ、俺と付き合いたいなんていう奇特な人物はたまにいたけれど、他の男とも平気で寝る恋人を許容出来る人間なんてそういるもんじゃない。まして純情無垢な高校生なら尚更。それを悪戯に傷付けて楽しめるほど、俺は悪趣味じゃないからさ。  でも勿論、いい人でもない。俺はね、もっとずっと、趣味も性格も悪かったのさ。  そんな好意を持ってくれた連中の中でも、飛び切り夢見ちゃってる君に、俺の現実ってやつを見せ付けたらどうなるか、興味が湧いたんだよ。  だけどね、もっと早い段階で、こういう暴力的な行動に出るかと思っていたのに、和成くんってば案外冷静で驚いたよ。だから俺の見込み違いだったかと思って、あっさり別れたんだけど。  それがどうだ。  10年の月日を経て、未だに歪み続けてるんだもん。  撒いた種が、今頃実を付けてるんだもん。  食わない手はないよ。  優しいだけの男も、荒っぽいだけの男も、セックスが上手いだけの男も、それじゃ足りないんだ、俺。  その点君は素晴らしいよ。捻れて歪んで、色んな感情が混在してる。あまつさえそれが正常だと思い込み始めてる。しかも俺を閉じ込めてしまった。それくらい、まだ俺に執着もある。  君だったらひとりでも、俺を満たしてくれるかもしれないね。  和成くんも知っての通り、今の俺にはもう何人もの相手見つけるのは難しいからさ。ひとりでそれを担ってくれるなら、嬉しい限りなんだよね。 「……あ、はっ……ははっ……」  喘ぎながら、笑った。  呟いてばたばたと足を揺らす。  それに合わせて、じゃらじゃらと、真っ暗な鎖が音を立てた。  早くもっと擦り切れろ。  肉を裂いて腐って落ちろ。  俺の足と、君の心と、どっちが先に捻じ切れるかな。  そんな事ばっかり考えてたら、君を目の前にする度に盛っても仕方ないよね。 「ん、アっ……!!」  和成くんの顔を思い出したら、出ちゃったよ。  矛盾だらけの、可哀相で可愛い和成くん。  君ならひとりでも、俺を壊してくれる気がするんだ。   だからもっともっと、歪に成長させてあげる。 「楽しみだなあ……」  だって和成くんも、俺の事を嫌いなわけじゃ、ないもんね?

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