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第8話
「和成、話が違うだろ!」
「何も違いません。ドアは開けてあるじゃないですか」
あれからインターフォンが鳴る直前まで行為に及んで、当然といえば当然の結果、またしても疲労困憊な卯月さんをリビングで休ませている間に、ベッドを運び入れた。
新品のマットレスを敷いて、毛布と掛布団、枕も一式用意した。
そして俺がパイプベッドを選んだ理由は、値段の安さだけじゃなかった。
「これじゃ結局出入り出来ねえだろうが!」
「出入り自由だなんて言ってませんよ」
「揚げ足ばっかり取りやがって……!」
チープな割に頑丈なパイプに鎖を繋いで、卯月さんの細い足首に巻き付けて南京錠でロックした。全裸な事には一切文句が出ないところは、卯月さんらしい。
セックスなんてしないで、体力温存しておいて、一緒にベッドの設置していれば途中で気付けたかもしれないのに、これだから。
これで扉を締め切らなくても、部屋から出る事は叶わない。
安価なベッドをその貧弱な体で一生懸命引き摺ったところで、組み立て終わったベッドが出入り口を通過出来る筈もないので、行動範囲は精々廊下までだ。
どこへも行けない。行かせない。
まあ、電気のスイッチくらいは自由に押せるかな。
それだって最悪、俺が蛍光灯を外してしまえばどうにでもなるんだけど。
「居候には充分な寝床ですよね? いいですよ、お疲れなら休んで」
「…………トイレは、どうすればいい」
鎖を外す事は諦めたらしい。
卯月さんは項垂れながら、清潔なベッドに裸の尻を下ろした。
分かりやすく出来るだけゴツくて重いもの選んだからな。南京錠も然り。俺が外さないと言えば外れない事くらいは、理解しているのだろう。
「毎回床汚されても困るんで、呼んでくれれば連れてってあげますよ」
「……呼べば来るんだな」
「聞こえれば来ますよ。でも少しは卯月さんに我慢して貰う事もあるでしょうね」
「最悪……」
丸まった背中が、更に落ち込む。そうするとより一層、背骨がくっきりと浮かんでいた。
「またまたぁ。そんな体になるような性生活送ってたような人が、スカトロ未経験だなんて信じると思ってるんですか?」
「…………」
無言のまま、視線だけがこっちを向いた。
頬もこけて目も落ち窪んでしまったせいで、なんだかやけに病的な印象を受けた。
「否定しないんですね。卯月さんの嘘吐かないところは、俺、好きですよ。まあ俺にそういう趣味はないんで、ご期待に副えなくてすみませんが」
趣味はないけど、卯月さんだったら何を漏らそうとそんなに抵抗はないかな。片付けが面倒だし、普段は便所くらい連れてってやるけどさ。
そういえば、いい加減ではあるものの、嘘吐かれたり騙されたりした事はないんだよな。浮気だって実に堂々としたものだったし?
だからこそ、俺はこの人を憎めないのかもしれないけれど。
「…………飯も、呼んだらくれる?」
「それは俺と一緒に食べましょう。こういう仕事だから、なるべく食事くらいは、規則的にを心がけてるんで」
「……そう」
納得はしたようだが、卯月さんは浮かない顔だ。
なんかヤってる最中以外、ずっと不機嫌そうだ。俺との会話はそんなに退屈だろうか。
淫乱ビッチなのはよく知ってるけど、恋は盲目フィルターが消えてしまうと、こんなに露骨だったんだな、この人。
「食えそうなら早速今日の晩飯、用意しますよ」
「…………食べる」
「分かりました。でも胃に優しいものにしときましょうね。また吐くのは嫌でしょ?」
「…………うん」
なんで間が開くかなあ。
卯月さんなりに、何か計算でもしているんだろうか。
でもここは俺の俺の家、俺の部屋。ここから抜け出せない限り、卯月さんに出来る事など、高が知れている。それに俺の機嫌を損ねれば、また数日間放置されるかもしれない懸念は、刷り込まれている筈だ。
俺はね、卯月さん。
ただあんたを、もう少し真っ当な人間にしたいだけです。
セックス以外もちゃんとしたいんです。あんたが楽しいと思える事を、増やしてあげたいんです。そんなデタラメな傷を、もう拵えて欲しくないんです。
そう考える事は、別におかしな事じゃないでしょ。
何しろ青臭い熱病だとしても、1度はあんたを好きになった身なんで。
それでね、ちょっと思うんです。
そうやってもう少しまともになってくれたら、俺はもう1度、卯月さんを好きになれるんじゃないかって。
だって卯月さんも、俺の事を嫌いなわけじゃ、ないですもんね?
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