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第33話 差し出された両腕
「…だって……」
「なんだ」
「…だって…和真、もう俺には…触られたくないでしょ……」
顔を上げた亜樹の目は、真っ直ぐに和真を見つめていた。
何かを考えているような和真が、その目を黙って見つめ返してくる。
(分かってるから、言葉を選んだりしなくていいのに……)
亜樹自身、深く考えるには疲れすぎていた。
和真の言葉に構える事も、取り繕う事ももうできなくて。
心はひどく無防備な状態だった。
「……だから、さっきのお風呂も、一昨日の夜も避けたんでしょ」
ハッキリと肯定されてしまう事が辛かったはずなのに、抗う事を止めた心がスルリと言葉を吐き出させる。
諦めたつもりで、諦めきれていなかった感情が、これで少しは断ち切れるのかもしれない。
そう思えば、心の中に重たく沈んでいた澱みのようなものが少しだけ減ったような気がしてくる。
「はぁー」
和真が自分の前髪をグシャグシャと掻き乱しながら、大きな溜息を吐き出した。
そのまま言葉を探すように彷徨った視線が、和真にしてはひどく珍しかった。
「そうだな、触られないように避けてはいたな」
そしてどこか観念したような響きを持った声が、亜樹の鼓膜を震わせる。
冷たい響きではないその声が、和真の心情を1番表している気がしていた。
(やっぱりそうだったんだ……)
和真自身も取り繕う事を止めて、腹をくくって吐き出した言葉は何よりも本音に近いはずだから。
鈍い痛みを感じながらも、何か重荷が消えた気がして身体から力が抜けたような気がした。
「そんな風に笑うな」
「…そん、な、風って」
何か苦いものでも口にしたように、和真がわずかに眉を顰《しか》める。
確かに思わず口元を綻ばせたような気はしていた。
だけど、そんな不愉快にさせるような表情を浮かべていただろうか。
その表情を目の前にした亜樹は、戸惑ってしまう。
(もしそうだったんなら、謝らないと)
これ以上、嫌われたいわけじゃない。
考えたってどうせ答えは間違いだろうから。
何がダメだったのか素直に聞けば教えてくれるだろうか。
「かず───」
声が喉に貼り付いたような感じがして、呼び掛けようとした言葉が続かなかった。
目の前の光景に、もともとは切れ長な目を大きく見開いたまま、亜樹の動きが止まっていた。
目の前には、なぜか差し出された和真の腕。
この腕が何を意味しているのか、今の亜樹には全く意味が分からなかった。
「ほら、おいで」
おいで。
聞こえた気がした言葉は、都合の良い聞き間違いだろうか。
でも確かにそう聞こえた気がした。
現に和真の両手は、誰かを招くように広げられている。
(えっ……なんで……誰を、呼んでいるの……?)
聞き間違いでないのなら、この言葉が自分に向けられたもののはずがない。
そもそも自分に向けた和真の声が、こんなに柔らかいはずはないから。
ここには2人しか居ないはずなのに、いったい誰を呼んでいるのか。
困惑したように、亜樹はキョロキョロと周りを見回した。
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