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第34話 貴方の声

「…誰を、呼んで、いるの?」 見回しても亜樹の目には、自分達以外の姿は見つけきれなかった。 それでも自分に向かってその腕が差し出されているとはやっぱり思えなくて、恐る恐る和真へ問い掛ける。 「お前以外にここには居ないだろ」 そう言った和真の顔には、まだどこか硬さを持ちながらも苦笑じみた表情が浮かんでいて。 声音にもこれまでのような冷たさは含まれていない。 その向かい合う姿に、「仕方ないな」と言って呆れたように笑う以前の和真が重なっていく。 「……なん…で…」 頭はやっぱり混乱していた。 湧き上がる不安が、和真の腕に収まる事を躊躇させた。 期待をして落胆をして、すり減った心ではこれ以上の痛みが堪えきれない。 それでもそんな感情とは別に、歓喜のような真逆の感情もまた湧き上がってしまう。 それは痛む心の内にあった大きな穴も埋めていくようだった。 自分の感情なのに全くコントロールができないまま、2つの感情が入り混じり。 結局、亜樹はその手を見つめたまま動けなかった。 「あんな空っぽな様子で、笑うお前を見たいわけじゃないからな」 苦々しく聞こえる声。 潜められた和真の眉は、怒りのせいではなく苦悩からなんだろうか。 その表情を亜樹はただ呆然と見つめていた。 「来ないのか?」 見つめたまま反応を返せずにいた亜樹の耳に。 「亜樹」 あの声が聞こえてくる。 もう2度とこうやって、名前を呼んでもらえる事はないと思っていた。 「こっちに、おいで」 両腕を広げて「おいで」と言ってくれる姿なんて、もう思い出さえも手放したものだった。 それがもう1度目の前に差し出され、信じられない思いで見つめていたその光景が歪んでいく。 気が付けば、見開いたままの両目から、涙が溢れてポタリと落ちた。 促されながら和真の方へ差し出した手はみっともないぐらいに震えていた。 その手首を和真の大きな掌が握り、一気に和真の胸元へと引き寄せる。 体に腕を回されて、抱きしめられれば。 その力も温もりも嬉しくて、零れ出した涙が止めきれなかった。 「…っふ…ご、ごめん……もう、しな……いから……だから……」 だから、傍に居させて欲しい。 そう続けようとした所で、亜樹が不自然に言葉を切った。 ハッキリと許されたわけではなかった。 こうやって抱きしめてくれたから許されたと思っていたけど、直接そういった言葉を和真から貰えたわけではなかった。 (俺はまた一緒にいてもいいの?) 聞けないまま、黙り込んだ亜樹の頭を和真が撫でた。 「また同じ事になったら、次は容赦はできないからな」 肝に銘じておけ、と脅すような台詞と一緒に、頭に柔らかなキスが落ちてくる。 (次は、って言った!) その単語が持つ意味を汲み取り、亜樹は何度も大きく頷いた。 その動きにあわせてポタポタと顎先から涙が伝い落ちていく。 雫を受け止めるように、和真の掌が亜樹の頬を包み込む。 「い…いや、じゃない、の……」 嗚咽混じりのその問いかけに、和真が何の事だ、と小首をかしげれば。 今さらながら、と思いつつも。 「オレに…ふれ、られても……もう、へい…き……?」 そう聞かずにはいられなかった。

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