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第5話
とうとう、ハロウィンパーティの当日を迎えた。
みんなパーティの準備から頑張ってくれたおかげで、当日も順調に進んでいた。
お客様も予定通り入り、場の雰囲気に合わせた演奏も美しく流れている。
飾りつけはハロウィンらしく、カーテンを深く真紅に付け替え、窓には手の跡をつけ……細かいところに、ハロウィンらしい少し不気味な装飾をしている。
仮装はというと、メイドや執事は普段の正装に、全員仮面を付けているくらいで、派手なことはしていない。
お客様は吸血鬼や昔の貴族、騎士など、品の良い仮装をしている方が多かった。
この場所に客として入っていたら、どんなに心臓を跳ね上がらせていただろう。
お客様……特に小さなお客様は、目を輝かせながら、会場をキョロキョロと見渡していた。
ゴーン、ゴーン
パーティの開始時刻に合わせて、鐘の鳴る音が会場に響いた。
それと同時に、演奏を一時的に止める。
それから静まり返った会場に、コツコツと足音が鳴り響き、全員がそこに釘付けになった。
歩くたびに、頭に付けた羽をフワリと動かしながら、海賊の仮装をした坊ちゃんが登壇した。
真っ直ぐに前を見つめ、全員が坊ちゃんだと分からずとも、自然と声が上がった。
それほど、坊ちゃんの姿が魅力的だった。
1ヶ月ぶりに見る坊ちゃんの姿は、私の知る中性的な美しさが少し薄まり、男性らしい大人の表情を見せていた。
「本日は、お越しいただきありがとうございます。」
一声聞いただけで、心臓は高鳴った。
しかし、私の立っているこの場所では、会場の端と端……声を届かせることも考えられないような距離で、姿が見られただけで十分と思えるほどだった。
私は、ただの使用人。
……もしかしたら、それよりも遠い。
坊ちゃんは、ハロウィンパーティを開催した理由や、これからの神宮寺家のことを話した。
全てを話し終えると、頭を深く下げ、会場は大きい拍手に包まれた。
今までの坊ちゃんでは、直彦様の“息子”というイメージが強かったものの、今回のパーティでイメージの払拭ができただろう。
坊ちゃんも直彦様も、素敵な表情をされている。
拍手が落ち着いた頃、演奏を再開させ、カドリールが流れた。
ハロウィンパーティでも、舞踏会のような晩餐会のような……いいとこ取りの構成にしている。
昔から馴染みのあるカドリールで始まり、ワルツ、ポルカ等で、年齢や性別も関係なくお客様に楽しんでほしいという坊ちゃんの計らいだった。
予定通り、聴き馴染みのある音楽に乗せられ、吸血鬼も貴族も騎士も、カドリールに合わせて楽しそうに踊っている。
「トリックオアトリート!」
西園寺家のお子様が、元気よく目の前に現れた。
小さいながらも、貴族になりきり、ポーズをとっている。
彼には卵アレルギーがあり、チョコレートがお好きだという情報は、事前に予習済みだ。
「こちらのチョコレートはいかがでしょうか?」
「チョコレート!?大好きだよ!ありがとう!」
一生懸命に頬張る姿が可愛らしく、思わず口が緩んでしまう。
「あれ……?」
そうしていると、お客様リストに入っていないはずの、見たことがない女性が真っ直ぐ私のところへ向かってきた。
今となっては、私が把握していないお客様がいらっしゃっても不思議には思えないほど、私に届く情報は噂ばかり。
直彦様についている執事を呼ぼうにも、当たり前に遠くでお客様の対応をしている姿が見えた。
どうしようかと思っていると、知らない女性は私の前に立ち、特に何も話さず俯いている。
このパーティに入るには招待状が必要で、無理矢理侵入するにもガードマンが鉄壁のため、こんなに華奢な女性では不可能だろう。
その華奢な身体に合った藍色のドレスで、 白い肌が良く映えていた。
「トリックオアトリート、でしょうか?」
女性が真っ直ぐに私のところへ向かってきたからには、きっと、お菓子が目的だろうと恐る恐る尋ねた。
「お好きなものは、ございますか?」
しつこく何度も声をかけては、失礼にあたる。
女性のちょっとした変化に気づけるよう、少し屈んでみる。
すると、何か話そうと口が薄く開いていた。
「……一曲、お相手願えますか?」
私は、思わず息を飲んだ。
耳元で囁かれたこの声は、皆がさっき惚れ惚れして聞いていた彼のもの。
私の声など、もう二度と届かないと思っていた。
それほど遠い存在になってしまったと、感じていたのに……。
見た目では気がつけなかった、でもこの声は……
ずっとお慕いしてきた、坊ちゃんだ。
「どうして……」
私は、坊ちゃんだと気付いた途端いろんな感情が溢れ、いけないことなのに止めるような言葉を口に出すことができなかった。
坊ちゃんは、あの目で私をじーっと見つめる。
「今夜だけでも隣にいさせて」
あの坊ちゃんが、目の前にいる。
優しい優しい坊ちゃんの瞳が、私を見つめる。
手が触れられる距離にいる。
今夜だけでも……
そう、自分に言い聞かせ、坊ちゃんの手を取った。
このまま抱きしめてしまいそうな感情を抑え込み、坊ちゃんの手を強く握った。
踊っているお客様に紛れると、曲がワルツに変わった。
ワルツは昔、坊ちゃんが幼い頃に、私が教えた曲だった。
今では、私よりも綺麗に踊り、私をリードする。
言葉は無くとも、2人して目を離すことはなかった。
「手袋を取って、僕は今ただの女だ。美術品でも高価なものでもない。」
坊ちゃんはそう言って、私の手袋に手をかける。
自室以外で手袋を外すなんて、許されてはいけない……それなのに、それなのに……
私には、止められない。
「京介」
震えながら、初めて坊ちゃんの素肌に触れた。
坊ちゃんの手は柔らかく、手袋越しよりも温かく感じられた。
坊ちゃんは、こんなに優しい手をしていたんだ……
「愛してる。愛してます、坊ちゃん」
ポロポロと、涙と一緒に、自然と口から溢れ出す。
「僕もだよ、京介。誰よりも何よりも愛してる。」
涙で坊ちゃんの顔がよく見えず、涙を拭いたくても手を離したくない。
坊ちゃんから、少しでも離れたくない。
この幸せな時間が、ずっと、ずっと続いて欲しかった。
「京介、さようなら」
坊ちゃんは私から目を背け、逃げるように私の手を離して去っていった。
私はその行為も止められず、放心状態になった。
私の手に残った坊ちゃんの温もりを追うように、自分の手を握りしめた。
「坊ちゃん……」
ハロウィンパーティで、ただの執事と無名の女性に、注目する人はいなかった。
直彦様はもちろんのこと、誰にも気づかれることなく、この幸せな時間は過ぎていった。
すぐに海賊の仮装をして戻ってきた坊ちゃんは、残りの時間も卒なくこなし、問題も起きることなくパーティは終わりを告げた。
一瞬の夢だったかのように、私の心は愛を溢れさせ、全て零し切ってしまった。
さようなら、ハロウィンパーティ。
さようなら、坊ちゃん……。
あれから時は過ぎ、坊ちゃんは許嫁様と婚約をされたのだった。
END
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