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第4話

私はあの日から、坊ちゃんとの会話もお世話も、一目見ることさえも許されない立場になった。 神宮寺家から追放されることも覚悟していたが、運良くそこまでには至らなかった。 坊ちゃんの仕事面や健康面、何があって悩んでいるなど全ては把握できないが、坊ちゃんは以前と同じように仕事をこなしていると、メイド達が教えてくれているため私も安心している。 掃除しようと廊下を歩けば、坊ちゃんと歩いたことを思い出し、何度歩いたことか思い出せないが、楽しかった記憶が蘇る。 それは、神宮寺家に居れば、どこでも何度でも思えてしまう。 それでも、不思議と嬉しかった。 「京介さーん!この壺どうしたら良いですか?」 まだ入ったばかりのメイドが、パタパタと廊下を走り、私の名を呼んだ。 「あの奥のお部屋に入れておいてください。手袋をしていると滑りやすいですし、ゆっくり運んでくださいね。」 今まではあまり時間が取れなかったため、使用人達との会話も最低限だった私も、今では会話をする時間が持てるようになった。 最近では「京介さんって、もっと怖い人だと思ってました!」なんて暴露をされるほど、みんなとの距離が近くなったと思う。 これも、私にとって嬉しいことだった。 「……なぜ私たちはお客様の前でなくても、手袋をするのでしょうか?」 こうして時間ができたからこそ、私はまだまだ、使用人たちに教えなくてはいけないことが山ほどあるらしい。 「ご主人様方は、お皿1枚でも美術品のように大切にしています。どこを見回しても、それ相応の高価なものばかり。そのため、私たちは指紋ひとつ付けるわけにはいかないのです。」 「そうだったんですね!」 「メイドも、普段は手袋をしなくても、ご主人様方やお客様に小包やお手紙でさえ、小さなトレイに乗せてお渡しします。覚えておいてくださいね。」 「はーい!」 あの間延びした話し方も、いつ注意すればいいのやら。 「あ、あとさっき噂で聞いた話ですが、ハロウィンパーティを開催するらしいですよ。」 「ハロウィンパーティ?」 今まで神宮寺家では、そういったパーティを開いたことがない。 なぜ突然、そんなことを……。 「どこの風の吹きまわしでしょうね~。」 「そうですね……忙しくなりそうです。詳しく分かったら、教えてください。」 そもそも誰が話を持ち出して、どう決まりそうなのか、あまり具体的ではなくお遊びで会話をしていた可能性もある。 私は普段の仕事に集中し、一旦正式に話が降りてくるまで、忘れることにした。 ……それもつかの間、すぐにその話はやってきた。 「神宮寺家で、ハロウィンパーティを開催することになった。」 毎朝行われる使用人のミーティングで、開催が発表された。 ザワザワとどよめき、初めて聞いた者や噂を飲み込む者がいた。 直彦様に仕えている執事が発表したからには、それが崩れることはないだろう。 「この話は、春彦様がご提案していますので、みなさん一緒に助け合い頑張りましょう。」 え……坊ちゃんが、ハロウィンパーティを? 今までそう言った企画を考えたことなんて、無かったのに。 それに、そんな子供用の企画をなぜ? 私の頭の中には、疑問がいくつも浮かんだ。 それから、坊ちゃんの考えることも、今では何も分からないことを実感した。 「それでは、個々の役割を載せた資料をお配りします。」 資料が全員に配られ、ザワザワとした声が少し大きくなる。 資料には、私の役割は当日ドリンクをお渡しする係、そして小さく手書きで「管理進行」も書かれていた。 通常の大きさで記載をできない理由は、自分でよく分かっている。 「京介!」 そう呼ばれた方を向けば、この資料を作成した張本人。 「ごめん」と言いたげな口と、ワザとらしく申し訳なさそうな顔をしている。 これから、忙しくなりそうだ。 おかげで、坊ちゃんのことも少しは忘れられるかもしれない。 ……よかったんだ、これで。 ――――――――――――――――――――― あの翌日から私だけでなく、使用人全員が普段の仕事に加えて、ハロウィンパーティの準備に追われた。 ハロウィンパーティの内容は、チャリティーイベントのようなもので、神宮寺家も貢献していることを公にする絶好のチャンスだったらしい。 坊ちゃんが、新しいことに挑戦していると知り、胸をチクリと痛めながらも嬉しくなった。 大人も子供も関係なく、パーティ当日は「トリックオアトリート」と言われた使用人が、お菓子をお渡しすることになっている。 そのお菓子も飴などが一般的だが、お客様の好みに合わせて、複数の種類を用意する必要がある。 来客リストを作り、1人1人に合わせたお菓子を用意することも一苦労。 それから、歌や演奏を披露してもらうアーティストの選定、お料理をシェフと相談し食材の手配、もうそろそろ招待状もお送りしないと……。 もちろんこれだけでなく、他にも決めることや作業で大忙しだ。 使用人たちのサポートも必要で、私以外にも決定権はあるが、仕事上私が一番話を聞くことができた。 ずっと疎かにしてきたことを今全力ででき、素直に嬉しかった。 それでもどこかで、坊ちゃんの新しいことを側で支えたかったという気持ちは残っている。 坊ちゃんを思いながら、私は目の前の仕事をする。

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