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第3話
「な、なんだ……?お前達は、何をしている?」
薄く開いたドアの向こうから、聞き慣れた声がした。
その声の主は、坊ちゃんのお部屋にも気軽に入れるようなお方。
坊ちゃんにこのような口の聞き方が、許されているお方。
それは、1人しかいない……。
「お父様!なぜここに?」
さっきまで優しい顔つきだった坊ちゃんが、鋭い目つきで直彦様を睨む。
今まで、誰にも反抗的な態度を取ったことはない坊ちゃんが、睨んだのだ。
「私の質問に答えろ……!京介!」
「ゔっぁ」
直彦様は勢いよく部屋に入り、私の胸ぐらを思い切り掴む。
喉が締まり、うまく言葉を発することができない。
「お父様、やめて!京介が死んじゃう!」
「男同士で何をやっていたんだ!京介が原因か?こんなやつはお前の担当から外すからな!」
そう、直彦様は言い放ち、私から手を離した。
その反動で、床に叩きつけられ、全身が痺れたような感覚になり身体を動かせない。
「私は春彦を大切に育ててきたんだ。こんな気持ちの悪いことは2度とするな!春彦に近づくな!」
目の前で声を荒げる直彦様が、どんどん霞んでいく。
私が最後に見た直彦様のお顔は、目が血走り赤くなっていた。
ご主人様に、ここまで怒られる日がくるなんて。
私は、恩知らずだ。
「京介、京介……お願い、起きて……」
いつの間にか、意識を失っていたらしい私は、坊ちゃんの泣き声に起こされた。
目を開けると、坊ちゃんは私の手を握りながら、祈るように泣いている。
ハッとして手を振りほどき起き上がれば、頭が痛く、さっきあったことが現実だと思い知らされる。
「京介!ごめん、ごめんね。痛いところは?歩ける?」
心配して私に近づこうとする坊ちゃんを、私は自然と突き放した。
坊ちゃんの顔など見ず、痛い頭を必死に起こして、その場から逃げ出した。
部屋を出て、とにかく走った。
いつもより身体が鈍くとも、持てる力を全部出し切って走った。
「はぁ……はぁ、はぁ」
自分の部屋に着き扉を閉めると、全身の力が抜け、ストンと床に座り込む。
その場から見える、棚に置いている写真の数々……神宮寺家の家族写真、坊ちゃんの幼少期、メイドやシェフ達と。
走馬灯のように、神宮寺家に就いてからの思い出が蘇る。
「坊ちゃん……ッ」
小さい頃から見てきた坊ちゃんは、立場に甘えることもしない人一倍の頑張り屋で、今でも誰からも悪い噂は聞かないほど人当たりも良い。
悲しいことや悔しいことがあっても、私にさえ隠れて泣き、決して表には出さない方だ。
ずっと、本当にずっと、直彦様を追いかけて努力してきたから今がある。
それなのに……坊ちゃんが、直彦様を睨んだのだ。
さっき見た坊ちゃんの表情は、今まで1度も見たことがなかった。
感情を誰かにぶつけるなど、して見せたことがなかったと思う。
私は、私の気持ちを優先させ、坊ちゃんの立場や未来を考えることもできず、坊ちゃんにあんな顔をさせてしまった。
……私が居なければ、坊ちゃんの人生は、何事もなく進んでいたのだ。
私も、坊ちゃんにいただいてきた愛をお返ししよう。
そう決めた途端、涙がツーっと流れた。
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