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第2話

「お前は何をしているんだ!」 「大変申し訳ありません。」 私は、神宮寺家に就いて初めて、ミスをした。 ミスをしてからも、しっかり謝罪する暇もなく1日が過ぎてしまい、もう23時を回った。 普段なら家の戸締りをして、就寝している時間でも、今は直彦様の前で必死に謝罪をしている。 坊ちゃんにも「無理はダメ」と言っていただいてたのに、人手がどうしても足りず、私が無理をしたことからきたミスだった。 ほんの小さなミスだとしても、大変な事態に繋がる可能性が0とは言い切れない。 そう、小さい頃から教育を受けてきたにも関わらず、私は大変な事をしてしまった。 その証拠として、手袋に紅茶のシミができている。 もしご主人様やお客様に、この紅茶がかかっていたら……そう考えると、恐ろしかった。 私は直彦様に深々と頭を下げ、恥ずかしながら許される時を待った。 「お父様?こんな時間に何を、京介も。」 ああ、この声は坊ちゃんだ。 この方にだけは、私の恥ずかしい姿を見せたくなかった……。 頭を上げても、坊ちゃんと目を合わせる勇気も出ない。 直彦様は口を開かず、私の発言も許されることなく、沈黙の時間が流れた。 時間を刻む音が、大きく部屋に響く。 私のことで、ご主人様を悩ませ、怒らせてしまうことが居た堪れない。 「春彦……お前が、京介の主人だ。京介の躾は、お前がやりなさい。」 重い口を開いた直彦様は、坊ちゃんの顔をチラッと見てから、自室へと足を向けた。 坊ちゃんは、それを飲み込むように、ゆっくりと瞬きをする。 「はい、お父様。」 「私は、先に休む。」 「おやすみなさいませ」 お2人の会話を聞き、私の心臓がドクンと大きく動いた。 きっと、この幸せな毎日が、壊れてしまう気がしたからだ。 私は坊ちゃんの目も見れないまま、床をじっと見つめることしかできない。 自分が情けなくも、それしか出来なかったのだ。 「京介、僕の部屋に行こうか。」 「はい……。」 坊ちゃんはこんな私にまで気を使って、誰にも見られない場所へと連れて行ってくださる。 お部屋まで、何一つ言葉は交わさず、一歩進むたびに胸が苦しくなった。 重い扉を開け、坊ちゃんのお部屋に入ると、坊ちゃん自らお気に入りのローテーブルにお菓子を並べ、私を椅子に座るよう促す。 その1つ1つの行動に、私はまた胸が苦しくなった。 「坊ちゃん……私は大変なミスをしました。大変申し訳ありませんでした。今後は……」 「待って、京介。落ち着いて。」 突然の制止に、キョトンとする。 坊ちゃんは私の手を両手で握り、吸い込まれそうなほど美しい瞳でジィッと私の目を見つめる。 「京介は、今日起きた事の重大さも、今後の改善策も分かっているね。それなら、僕がその件に対して言うことは何もないよ。」 私は、唖然とした。 まだ私からは何もお伝えできていないのに、坊ちゃんは私の目を見ただけで、全てを見透かしてしまったのだ。 「それより、京介は火傷しなかった?」 「は、はい。私のことは、気になさらないでください。」 「なんで?僕の大切な京介に、何かあったらと考えただけで、頭がクラクラしてしまうよ。僕は、その紅茶のシミをつけた手袋を見ただけでも、気がおかしくなりそうだったんだから。」 坊ちゃんは握っている私の手を、ツーッと一本の指で撫でた。 そして、また包み込むように私の手を握る。 申し訳のない気持ちと、坊ちゃんの行動が入り混じり、普段の冷静さをどこかへやってしまいそうだった。 「なんと、言ったら良いのか……ご心配をおかけして、申し訳ありません。」 「京介……謝らないで。そもそも、僕にだって原因があるんだ。京介が今朝、少し焦っていたように感じたから声をかけたのだけど、言葉なんかより僕にはもっと出来たことがあったのにね。僕の方こそ、気づいてあげられずに申し訳なかった。」 ああ、このお方は私のことを、こんなにも……。 私個人に対してなのか、昔から仕えている執事に対してなのか、どちらでも良い。 私は、とても幸せだ。 「忘れないでね。今後何があろうと、京介には僕がいる。」 坊ちゃんは、握っている手に力を入れた。 自然と顔を下げ、私の意識は手に向かう。 その時、あっ……と思った時には、もう触れていた。 チュウと可愛らしい音がたち、私のおでこは少しの湿り気と温もりを感じる。 ゆっくりと顔が離れ、坊ちゃんはまた、私の両手にぎゅっと力を入れる。 「僕がいるっていう、おまじない。ふふ、やっと真っ直ぐ目を見てくれたね。」 これ以上、私を見ないで……触れないで。 私は、おかしくなってしまいそうなほど、あなたが……。 「キス、する?」 息が触れそうなほどの距離で、坊ちゃんは私を誘惑する。 「あっ……待って…」 さっきとは違い、私と目を合わせながら、ゆっくりと顔が近づいてくる。 坊ちゃんの美しい顔が、きめ細やかな肌が、長いまつ毛が、形の良い赤い唇が。 どうしても、坊ちゃんから目が離せない。

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